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バンクシーが名画をオマージュするとどうなるのか?
~フェルメールからウォーホルまで

現代アートは常に新しさを求めて、過去を乗り越えようとします。
過去のアートと同じことをしていては、自らの存在意義を示せないからです。
とはいえアートの歴史を無視するわけではなく、むしろその遺産を積極的に利用して新しいアートを作り出そうとする作家もたくさんいます。
バンクシーもその一人です。
先日、イギリスで160年以上の歴史を持つ芸術大学(University for the Creative Art)の名誉教授に就任したバンクシーは、過去の名画に対するオマージュを作品化することで、名画の知名度を利用してより多くの人に自身のアートを届けています。

ミレーの「落穂」を拾っているのは誰か?

ミレー《落穂拾い》1857(オルセー美術館、パリ)

ジャン=フランソワ・ミレー《落穂拾い》は、貧農の重労働のありさまを伝えて、社会問題にまで思いを至らせてくれる名画です。
「落穂拾い」は、収穫後に地面に落ちた穂を、腰をかがめてひとつぶ一粒拾って歩く重労働です。この仕事に従事していたのは貧困女性という社会的弱者でした。
当時のミレーは自身も絵が売れず困窮していたため、弱者に共感したのでしょう。
バンクシーはこの絵をコピーして、その中から右端の一人を切り抜いて、絵の枠の外の額に座らせました。辛い労働には煙草を一服する休憩が必要というメッセージです。
バンクシーの作品は、真面目に働くミレーの作品に比べると、悲惨さを訴える力は弱いかもしれませんが、したたかな女性を描いて抵抗の力を見せつけています。
作品タイトルは《派遣仕事》。
非正規の派遣社員は現代の「落穂拾い」なのかもしれません。

バンクシー《エージェンシー・ジョブ(派遣仕事)》2009

「これはパイプではない」なら何なの?

マグリット《イメージの裏切り》
1928-1929(ロサンザルス・カウンティ美術館)

ルネ・マグリット《イメージの裏切り》は、大きな煙草パイプの絵の下に、やはり大きな文字で「これはパイプではない」と書かれた絵です。
タイトルにあるように「イメージ(絵)」は明らかにパイプなのですが、「テキスト(文字)」はパイプではないと主張しています。いったいどちらが正しいのでしょうか。
正解は、おそらくテキストのほうです。
タイトルにあるように、裏切っているのは「イメージ」なのです。
なぜならば、描かれた絵はあくまでもイメージで、本物のパイプではないからです。したがって「これはパイプではない」――どんなにリアルでも「パイプの絵」でしかないのです。
一方、バンクシーの作品のタイトルは《これはパイプである》となっていて、絵の中にも同じ文字が書かれています。その上に見えるのは、煙草パイプではなく水道管のパイプです。絵ではなく、本物のパイプがとりつけてあるのです。
マグリットと違ってパイプを描いたのではなく、本物のパイプなのですから「これはパイプである」といっても正解です。
バンクシーの作品はマグリットの作品を反転させただけなので、本家を知っていてこそ面白味が沸いてきます。

バンクシー《これはパイプである》2011(約5500万円で落札、2019年)

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「真珠の耳飾りの少女」もマスク警察につかまった

フェルメール《真珠の耳飾りの少女》
1665?(マウリッツハイス美術館、デン・ハーグ)

ここまでに紹介したものは額付きで持ち運び可能な作品でしたが、バンクシーの真骨頂は街中に描かれたストリートアートにあります。
《真珠の耳飾りの少女》は、フェルメールの代名詞ともいえる有名絵画ですが、それを故郷ブリストルの街中に再現したのがバンクシーです。
2014年、バンクシーがブリストルのレコーディング・スタジオの外壁に描いた《警報機の耳飾りの少女》は、建物の外壁に取り付けられた黄色い警報機を、フェルメールが描いた真珠の耳飾りの代わりに利用したものです。
デッサンが確かなのですぐにフェルメール《真珠の耳飾りの少女》とわかります。この絵は、警報器を耳飾りに利用しているので《鼓膜が破れた少女》と呼ばれることもあります。
6年後の2020年、世界が新型コロナウイルスの脅威におそれおののいているときに、なぜかこの絵にマスクが描き加えられました。特にメッセージがなかったので、改変したのがバンクシー本人かどうかはわかりません。
描いた人の目的は、感染防止マスク着用の大切さを啓発するためだったのか、それともみんながマスクを着用する現状を揶揄するためだったのか、あなたはどちらだと思いますか?

バンクシー《警報機の耳飾りの少女》
2014(ブリストル)

バンクシー?《マスクをする少女》
2020(ブリストル)

現代のマリリン・モンローは誰か?

アンディ・ウォーホル
《マリリン・モンロー》1964年

人を食ったような作品と突飛な言動でメディアを煙に巻いたアンディ・ウォーホルは、バンクシーの偉大なる先人です。
ウォーホルがいなければ、バスキアやバンクシーといったストリートアーティストがこれほどまでに市民権を得ることはできなかったでしょう。
バンクシーもウォーホルを讃えて、いくつかの作品をオマージュの対象としています。
たとえば、あの有名なウォーホル《マリリン・モンロー》は、ファッションモデルのケイト・モスで再現されました。コンセプトほぼそのままで制作したあたりに、ウォーホルに対する敬意が感じられます。
ちなみに、2022年5月には、マリリン・モンローを描いたウォーホルのシルクスクリーン版画《ショット・セージブルー・マリリン》が、絵画オークション史上2位の落札金額となる1億9500万ドル(約254億円・手数料込)で落札されました。
この《ショット・セージブルー・マリリン》の落札もあり、2022年上半期のウォーホルのオークション売上高は3億5000万ドルにおよびました。この数字は半期だけで、これまでのウォーホルの年間最高売上高を超えています。
2023年2月12日まで京都で大回顧展「アンディ・ウォーホル・キョウト」が開催されているので、この勢いはしばらく続きそうです。
バンクシーも、2021年に東京で始まった「WHO IS BANKSY? バンクシーってだれ?」展が、愛知、大阪、福島と巡回後、現在は2022年12月6日まで富山県の高岡市美術館での開催となっています。1年以上も全国巡回が続くバンクシーもウォーホル同様に人気が根強いです。

バンクシー《ケイト・モス》2005年

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