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『月刊アートコレクターズ』の「著者インタビュー」に掲載

世に美術市場を扱った書は数あるが、印象的なタイトルと装丁家として日本を代表する鈴木成一の手になる雰囲気ある装丁の本書は、翠波画廊を構える髙橋氏の書き下ろし。「値段」を切り口に印象派からエコール・ド・パリにいたる11人の画家を生年順に、値段の高い時代だけでなく、不遇の時代まで作品と社会状況を合わせて紹介。ベテラン画商ならではのエピソードも満載で、絵を買う方の入門書としても、美術鑑賞をあらためて考えたい人にとってもぴったりの一冊である。 近代が始まった頃の「芸術」と社会 ―― 実感を交えた語り口が分かりやすく、面白く読ませていただきました。本を出されたきっかけは何だったのでしょうか? 髙橋 私は今年で画商になって30年になりました。この機会に、学者ではなくあくまで美術商として日々絵画に向き合う中で感じた美術に対する思いを素直な気持ちで書きたいという思いがありました。 19世紀末のフランスで、「芸術家(アーティスト)」という概念が作られ、そして今日われわれが思っている鑑賞の仕方が生まれました。それまでの画家たちは「職人(アルチザン)」であって絵画を通して自己実現するという発想はなかったように思います。 画家が絵に思いを託して、またそれを見る者が画家の思いを読み解くというのは、フランスで印象派あたりから始まったわけで、それ以前に依頼主からの注文で描かれた絵画とは制作目的が違いますから同じように鑑賞するには無理があるわけです。そう考えると印象派以降の近代フランス絵画から芸術としての美術史が始まったともいえますし、それ故に多くのイズムが生まれて絶頂を極め、最も面白い時代ではないかと考えています。 当初はもう少し多くの作家についても書きたいという思いがありましたが、出版社の編集の方との話し合いと紙面の関係で11人に絞りました(笑)。 20世紀のフランス近代巨匠といえばピカソとマティスですが、ピカソのキュビズムは描く対象を画家がどのようにとらえるかという画家と対象の関係性、かたやフォービズムのマティスは画家が描いた絵画が鑑賞者にどのようなイメージを与えるかという描かれた絵画と鑑賞者の関係性に重きを置いて描いています。そのような絵画に対する向き合い方、考え方がその後に続く画家に影響を与えた点などもこの時代の最も面白いところです。 ―― 本書の流れでも、この頃が時代の変わり目にあたりますね。 髙橋 もう一つ重要なのが、画家の描いた絵を買ってくれるマーケットもこの時代にでき始めたことです。市場が無ければ画家は育ちません。印象派の絵はアメリカでよく売れモネやルノワールの絵の値段も時間とともに値上がりしていきました。そのため若い画家に投資をすれば将来的に値上がりするのではないかと絵画を投資の対象とする目端が利く人も現れます。20世紀初頭、フランスでは投資家が集まってポー・ド・ルルス「熊の皮」(日本で言うところの、捕らぬ狸の皮算用の意)などと名乗る投資家グループが現れます。彼らはそのころまだ無名だったマティスやピカソなどの絵を買い込み10年後にオークションで売ったところ4倍になりました。絵画投資が成功したわけです。そんな事実が世間の知るところとなり絵画の値上がりを期待して若手画家の作品を買う人たちが増えていきます。購入目的はさておき若手の作品が売れる市場ができたことにより、多くの画家が育っていきました。 創作者への親密な目線 ―― 髙橋さんはそもそも美大のご出身ですが、市場の話題に加え、作家の創作というものに対する親密な目線を感じました。 髙橋 ピカソが目指した子供の絵というのは何のことなのかと不思議に思っていました。若い頃のピカソが自分の絵を画商に認めて買ってもらうためにいろんな画策をしたのを知ってからピカソは他者からの目をことのほか意識していたことが分かりました。それを思ったときピカソの言う子供の絵とは晩年になって経済的にも社会的にも成功を勝ち取って誰の目も気にすることなく自由に描けるようになる心境を言ったのだろうと思ったわけです。それを得ることができた晩年のピカソの作品には自分が好きなものだけを描けるようになった喜びにあふれているように思いました。 また、ユトリロが経済的豊かさを得たのちの「色彩の時代」の作品や、ゴッホがテオの息子の誕生祝いに描いた「花咲くアーモンドの木の枝」も画家の思いが十分に表現されています。絵には、その時々の画家の感情がじつに巧妙に塗り込められているからこそ見る人を引き付けるのです。 ―― 「子ども」という話題もひとつのキーワードになっていますね。髙橋さんのお子さんのエピソードも印象的でした。 髙橋 本文でも書いた類人猿と人を分けるもの、畏怖の感情は共にあるでしょうが、それが解消した後の安堵を人は笑うことで表現します。その時の畏怖が喜びに変わった反動の喜びの感情が歌や踊りになり、それが独立して遊びとなる、遊びが文化になりスポーツや芸術になる。 以前、幼い息子とリゾートホテルに行ったときに画家が絵を描くときの心境はこれなのかなと思ったことがありました。私の息子が鼻歌を歌いながらお風呂の泡で遊んでいました。「歌を歌ってご機嫌だね」と言っても「歌なんて歌ってないよ」と本人には歌っているという意識がない、そんな無我の境地が、画家が絵を描く際と似ているのではないかと思いました。イメージが湧いてきてそれを形にするのが楽しくて仕方がない、鼻歌を歌うように絵を描く、出来上がった作品には画家の喜びが反映し見る人にもまたその喜びが伝わるのだと思います。 近年の美術市場はアメリカ的な現代美術が主流になっています。戦後アメリカから始まった現代美術も見る人を引き付け、鑑賞に耐えることのできる作品は後世にも残っていくことでしょう。価値があるからこそ価格が高くなるのであって、価格が高いから価値があるわけではないことを本書から多くの方に知っていただきたいですね。 たとえばモネの絵が、これほどまでに世界中の人々から愛される理由は値段が高いからではなくモネの絵の前に立つと複雑で魅惑的な色彩、流れるようなマチエール(筆あと)など、視覚的な心地よさからいつまでも観ていたいと思わせる芸術性があるからです。 絵のお好きな多くの方に読んでいただいて、感想を教えてもらえたら嬉しいですね。
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