ミスター・ブレインウォッシュの評価
～バンクシーにプロデュースされた異才

DVD『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』2010

翠波画廊でも取り扱いが始まったミスター・ブレインウォッシュ。
ブレインウォッシュ（洗脳）という危ない名前を持つ彼が、個展「ライフ・イズ・ビューティフル」で現代アート界にデビューしたのは2008年のことです。当時すでに40歳を超えていました。
それもそのはず、ミスター・ブレインウォッシュは長年ストリートアートのファンでしたが、友人のバンクシーにそそのかされるまで、自らアーティストになろうなんて考えていませんでした。
ところが、ひとたび創作を始めるやいなや、その作品は多くの人に認められるものになったのです。その経緯は、バンクシーが監督したドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』に収録され、ミスター・ブレインウォッシュの人気を後押ししました。
アカデミックなバックグラウンドをまったく持たないことから、しばしば「フェイクではないか」などの色眼鏡で見られてしまうミスター・ブレインウォッシュを、どのように評価するべきか考えてみました。

ミスター・ブレインウォッシュの経済的評価

ミスター・ブレインウォッシュ
《Charlie Chaplin Pink》
2008年（10万ドルで落札）

現代アーティストの作品はさまざまなかたちで評価できますが、ここでは経済的価値、社会的価値、審美的価値の3つの側面から見ていきます。
まず、経済的価値をはかる指標として、ミスター・ブレインウォッシュのオークションレコードを調べてみます。
これまでにオークションで最も高額で落札されたミスター・ブレインウォッシュの作品は《チャーリー・チャップリン・ピンク》です。落札価格で10万ドル、手数料込み価格で12万2500ドル（2010年当時の相場で約1200万円）になりました。
これはもちろん、ミスター・ブレインウォッシュの他の作品の価格相場より、かなり高いものです。
なぜなら《チャーリー・チャップリン・ピンク》は、2008年のデビュー個展「ライフ・イズ・ビューティフル」で展示された、最初期の作品だからです。
つまり、ミスター・ブレインウォッシュの記念碑的な作品であったことから、彼がブレイクした2010年に、10万ドルという価格で落札されたのです。
2022年現在、ミスター・ブレインウォッシュの他の作品は、オークションではだいたい３千ドル～3万ドルくらいの価格で落札されています。

ミスター・ブレインウォッシュの社会的評価

バンクシー≪Girl with Balloon≫2006年

ミスター・ブレインウォッシュは、アカデミー賞にもノミネートされたバンクシーの初監督作品『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』によって、華々しく宣伝されたアーティストです。
同作品は、ティエリー・グエッタという古着屋のオーナーが、いかにして現代アーティストのミスター・ブレインウォッシュになったかをドキュメンタリー形式で追ったものです。
そのあまりにもドラマティックな展開に、公開当初は「ドキュメンタリーではなくフェイクのモキュメンタリーではないか」とか「バンクシーこそがミスター・ブレインウォッシュの黒幕ではないか」などと噂されましたが、現在ではミスター・ブレインウォッシュ＝ティエリー・グエッタが実在のアーティストだと証明されています。

ミスター・ブレインウォッシュ
≪Balloon Girl≫
2022年（翠波画廊にて販売）

しかし、インベーダーの従兄弟であり、バンクシーやシェパード・フェアリーの友人であるというミスター・ブレインウォッシュの華麗な経歴は、彼がアーティストとして自立するにあたっておおいに役立ちました。
2008年の初個展「ライフ・イズ・ビューティフル」は数多くの観客を集め、その作品も新人とは思えないほどに売れていったのです。
古着屋オーナーからアーティストへの転身という経歴もマイナスにはならず、人々は40歳を超えてからの挑戦を称賛しました。彼の妻デボラ・グエッタも彼に感化されて、カメラを手に取り芸術写真家として新たな人生を踏み出します。
ミスター・ブレインウォッシュは中年からの転身でも成功できるという、アーティストの新たなロールモデルを切り開いたのです。

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ミスター・ブレインウォッシュの審美的評価

ミスター・ブレインウォッシュの作品の特徴は、いい意味でわかりやすくシンプルなところです。
2014年の日本初の展示販売会では「アンディ・ウォーホルの再来」、「バンクシー以来の超大物」といった惹句が踊りました。
たしかにミスター・ブレインウォッシュは、何かに似てしまうことを怖がらず、有名なイメージを臆面もなく使用する姿勢が、アンディ・ウォーホルとよく似ています。
ウォーホルの有名な《キャンベルのスープ缶》を引用して作品≪キャンベルのスープ・スプレー≫を作っていますし、そのデフォルメの具合も見事です。

アンディ・ウォーホル
《Campbell’s Soup Can》1962年

ミスター・ブレインウォッシュ
≪Campbell’s Soup≫2009年

ミスター・ブレインウォッシュの人気の秘密

ミスター・ブレインウォッシュの一般認知度が高まったのは、ポップアーティストのマドンナのアルバム『セレブレーション』のジャケットアートを担当してからです。
口を半開きにしたマドンナの顔は、アンディ・ウォーホルの有名な《マリリン・モンロー》を彷彿とさせて、先行作品のハロー効果でミスター・ブレインウォッシュの知名度を大きく高めました。
このようにパロディやオマージュを駆使するという点において、ミスター・ブレインウォッシュの作風はバンクシーなど先行するストリートアーティストの強い影響を感じさせます。
それだけでなく従来のストリートアートよりもカラフルで明るく、見る人を元気づけるところがあります。
哲学的で小難しい現代アートとは異なり、誰でも楽しめるポップさを失わないのがミスター・ブレインウォッシュの特徴といえるでしょう。