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奈良美智が描いたCDジャケット
~少年ナイフからR.E.M.までオルタナ系バンドがせいぞろい

2019年、アートプライス社が調べた世界の現代アーティストの売上高で、奈良美智はバスキア、クーンズ、カウズに次ぐ4位でした。
過去の画家も含めた総合ランキングでも、奈良美智の順位は21位と、22位の草間彌生を抜いて日本人アーティストのトップに立っています。
10年前の2009年は208位でしたから、近年の人気の高まりには目を見張るものがあります。
10年前は村上隆のほうがランキング上位にいましたが、今や日本の現代アーティストといって名前があがるのは奈良美智のほうかもしれません。
1959年生まれの奈良美智と1962年生まれの村上隆は3歳違いの同世代ということもあり、さながら日本文学でいうところの村上春樹と村上龍のように常に比較されてきました(1949年生まれの村上春樹と1952年生まれの村上龍もちょうど3歳違いの同世代です)。
そんな奈良美智のアートを語るうえで欠かせないのが音楽です。
アートの制作現場にはBGMが欠かせないと語る奈良美智と、音楽とのかかわりについて調べてみました。

 

村上隆と奈良美智

Shonen Knife『HAPPY HOUR』
アメリカ盤(Universal)1998年

村上隆と奈良美智の二人が一般的な人気を得たのは1998年頃のことです。
その年、二人はともにカリフォルニア大学ロサンゼルス校に招かれて、非常勤の客員教授を務めました。
その前年の1997年、村上隆はプレイステーションのゲーム「攻殻機動隊」のサウンドトラックのアートワークを担当しました。
当時、アニメ映画『攻殻機動隊』のビデオは、アメリカのビルボード・チャートで週刊売上1位になるほどのグローバル・コンテンツでした。
翌1998年、奈良美智も、アメリカで活動する日本のガールズバンド「少年ナイフ」のファースト・フルアルバム『HAPPY HOUR』のアートワークを担当します。
このアルバムは日本語で歌われる日本盤と、英語で歌われるアメリカ盤とではボーカルの録音も収録曲も異なるので、もちろんジャケットの絵も別のものになっています。
少年ナイフもまた、世界的な有名バンドのニルヴァーナとともに全英ツアーを行うなどグローバルな知名度がありました。
後の村上隆と奈良美智のグローバルな人気を予言するかのようなスタートでした。

少年ナイフ『HAPPY HOUR』日本盤(MCAビクター)1998年

メジャーになる前の奈良美智

The Birdy Num Nums 『Mannaka Over The World』
(King Size Records)1991年

一般的に、奈良美智のレコード・ジャケット・デビューは1998年の少年ナイフだと思われていますが、実は、それよりもさらに7年前の1991年にドイツのインディーバンドのアルバムジャケットのアートワークを担当していました。
1987年に愛知県立芸術大学大学院修士課程を修了した奈良美智は、1988年にドイツ国立デュッセルドルフ芸術アカデミーに入学し、修了後もそのままドイツにアトリエを構えて制作活動を続けていました。
デュッセルドルフで学生をしていた頃の奈良美智が制作した、バーディー・ナム・ナムズのアルバム『真ん中Over The World』のジャケットがこちらです。
ドイツのバンドなのに、アルバムタイトルに「真ん中」という日本語が使われていることから、奈良美智とは単なる仕事ではない交際があったのかもしれません。
ジャケットを見ればすぐに奈良美智の仕事とわかりますが、後年の絵とは一味異なる作風が見られます。

 

音楽ファンとしての奈良美智

ドイツでの12年の生活を止めて2000年に帰国した奈良美智は、以降は日本での活動を始めます。
少年ナイフの次は、1977年に結成された日本のパンクロックバンドTHE STAR CLUBのアルバムジャケットを手掛けました。
1999年のメジャー17枚目のアルバム『PYROMANIAC』(放火魔)と、同年にリリースされたベストアルバム『KITTY MISSILES』(子猫のミサイル)の2枚です。
奈良美智は愛知県立芸術大学の学生だった19歳の頃に、名古屋のバンドTHE STAR CLUBの音楽と出会ってファンとなり、絵を描くときのBGMとして愛聴してきたそうです。
2006年のテレビ番組『情熱大陸』出演時にもTHE STAR CLUBのシャツを着るなど、共感を隠しません。奈良美智は、ここに紹介したアルバムジャケット以外にもTHE STAR CLUBの絵を作品として描いていて、かなりのファンであることがわかります。
THE STAR CLUBは2020年で結成43年になりますが、今も精力的に活動中で、オリジナルメンバーのボーカリストHIKAGEは奈良美智と同世代です。二人とも還暦を超えました。
奈良美智のディスクジャケットの仕事を見ると、少年ナイフやTHE STAR CLUBのようないわゆるインディーズバンドが多く目につきます。

 

THE STAR CLUB『PYROMANIAC』
(Speedstar)1999年

THE STAR CLUB『KITTY MISSILES』
(ビクターエンタテインメント)1999年

 

海外でも知名度の高い奈良美智

The Busy Signals『Pretend Hits』
(Sugar Free Records)2001年

少年ナイフやTHE STAR CLUBは日本のバンドですが、海外のバンドとの仕事もあります。
2001年にはThe Busy Signalsのセカンドアルバム『Pretend Hits』(ヒット集のふり)のジャケットのアートワークに起用されました。
このThe Busy Signalsもかなりマイナーなグループで、ミネソタ州セントポールのハワード・ハミルトンというシンガーソングライターが、友人と一緒に作った2人組で、ギターとシンセサイザーを使ったエレクトロポップソングを奏でています。
ハワード・ハミルトンはもともと一人で歌っていた人なので、The Busy Signalsとしての活動は2002年頃には休止されました。
ところが2005年にイリノイ州シカゴから、まったく違う5人組のパンクロックバンドがThe Busy Signalsという同じ名前でデビューしました。こちらのThe Busy Signalsも数年で解散しますが、ハワード・ハミルトンのグループよりは全国的な人気がありました。

 

世界的ロックバンドとのコラボ

R.E.M.『I’ll Take the Rain』(Wea International)2001年

奈良美智はインディーズバンドばかりを好んでアートワークしているのかといえば、その限りでもありません。
同じく2001年には、全世界的な人気ロックバンドであるR.E.M.のシングル『I’ll Take the Rain』(雨を受け入れる)のジャケットとミュージックビデオの絵を担当しました。
R.E.M.はロックの殿堂入りもしているアメリカのスタジアムバンドで、1980年から2011年までの31年間にわたって活動を続けました。
とはいえ、R.E.M.は商業的なポップバンドではなく、もともと文学的で政治的なメッセージの強いアート系のインディーズバンドでした。
アンディ・ウォーホルが結成にかかわったという60年代の伝説的なバンド、ヴェルヴェット・アンダーグラウンドの影響も受けています。
R.E.M.はスタジアムを埋めるビッグバンドではあるけれども、インディーズ精神を強く持っていたバンドでした。
奈良美智が仕事を選んで受けている感がよく伝わってきます。

 

R.E.M. – I’ll Take The Rain (Official Music Video)

 

 

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