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キース・へリング

キース・へリング(KEITH HARING) 絵画販売

翠波画廊では人気の作品を取り揃えております。

作品一覧よりご興味のある作品がございましたら価格などお気軽にお問い合わせください。

キース・へリングの魅力

ストリートアートの奇才

キース・へリング

KEITH HARING

年〜

人気のシルクスクリーン版画を中心に

キース・へリング作品販売サイトでは、オリジナル版画を中心に幅広く作品を取り揃え販売しております。絵画販売サイトに掲載されている絵画は、翠波画廊にご来廊いただければ、現品をご覧いただけます。

キース・ヘリング生前のオリジナル版画を数多く取り揃え販売しています

翠波画廊では、キース・へリングが生前に制作したシルクスクリーンなどオリジナル版画作品を中心に、幅広く取り扱い、販売しております。
キース・ヘリングは1980年代を代表するアメリカのアーティスト。
ニューヨークの地下鉄の広告板にチョークで描くサブウェイドローイングから始まり、80年から86年の間には多くの展覧会が開かれるなど世界的に評価されました。
86年には“ポップショップ”というオリジナルショップもオープンし、どんな世代の人にもアートを身近に感じられるようにと、手軽に求められる作品を扱っていたといわれています。
89年、キースが30歳の時にHIVと診断されてからは、エイズ予防啓発の活動のほか、児童福祉など社会貢献活動にも積極的に参画しました。
HIV診断から1年、キース・へリングは31歳という若さでその生涯を閉じます。
しかし、彼の人気は衰えることなく、時代が変わった今もなお多くの人を魅了しています。

マイノリティの1人として80年代アメリカを生きる

アンディ・ウォーホル
≪キース・ヘリングとファン・デュボース≫1983年
キース・ヘリングは自ら、ゲイであることをオープンにしながら作家活動をしていました。彼の代表作には、LGBTQの人々へのカミングアウトを促進する「ナショナル・カミングアウト・デイ」など、社会的メッセージの強いものも多く、当時の美術業界に大きな影響をもたらしました。 また80年代はHIVの感染拡大の時代でもあり、多くのマイノリティがエイズによって命を落としました。HIV陽性者支援団体が結成された際には、「セーフ・セックス」を推進するコミカルなコンドームのキャラクターを描き、Tシャツやコンドームなどの”ポップショップ公式グッズ”が数多く発売されました。 当時偏見を持たれることの多かったLGBTQコミュニティやHIV感染者に寄り添い、自らもその一員として力強くメッセージを発し続けたその生涯は、現代の私たちに大きな勇気を与えてくれます。

NYのアート・クラブシーンのキーパーソンとして

Sylvester『Someone Like You』
(Warner Brothers Records) 1986年
キース・ヘリングは自身の作品制作に没頭する傍ら、ニューヨークのクラブカルチャーにも足を踏み入れます。 当時、黒人やヒスパニック系のたまり場となり、ニューヨークにおける異国空間として熱狂的な盛り上がりを見せていたのが、”パラダイス・ガレージ”というマンハッタンのクラブディスコでした。もともと駐車場(ガレージ)だったというこの場所には、アンディ・ウォーホルやマドンナなど多くの著名人が通いつめ、あらゆる音楽やパフォーマンスを楽しんでいたそうです。 1984年5月4日、キース・ヘリング26歳の誕生日には、盛大なパーティー「パーティー・オブ・ライフ」が”パラダイス・ガレージ”で開催されます。 マドンナによるパフォーマンス、DJはラリー・ル・ヴァンが務め、ヘリング自らが空間にドローイングを施し、一夜限りの盛大なアートイベントとなりました。 美術界だけでなく、多くのセレブたちが会場に集い、週中の水曜日にもかかわらず、約3000人もの人々が彼のバースデーを祝いました。

来日の記録

キース・ヘリング『International Youth Year』1985年
1983年~88年にかけて、ヘリングは日本を何度か訪れます。 彼は日本での旅からたくさんのインスピレーションを受け、世界で2つ目となる”ポップショップ”を東京に開店しました。ショップは現在では閉店してしまいましたが、日本のポップカルチャーに大きく影響を与えましたリー。 初来日となった83年2月、ヘリングは東京・神宮前のワタリウム美術館(当時:「ギャルリーワタリ」)で、日本初の個展を開催します。彼は滞在中わずか一日で、ワタリウム美術館の向かいに一枚の壁画を完成させます。2018年に建物の老朽化に伴い、その壁画は一度解体されてしまっていますが、今後国内のどこかで展示されるそうです。 86年に東京で”ポップショップ”2号店をオープンしてからも、彼は日本の子どもたちとのワークショップを開催したり、広島平和記念資料館を訪れ、広島平和コンサート「平和がいいに決まってる!」のポスターイメージを制作したりしました。

落書きから偉大なアート作品へ

キース・ヘリング カタログレゾネより
「Pop ShopⅤ PL.3」掲載ページ
彼の作品の特徴は、単純な線とカラフルな色で描かれる人間や動物の姿。
その姿はピースフルでコミカルな表情をしていながらも、どこか挑発的で見る者をはっとさせる一面も持っているように感じます。
現在でもユニクロをはじめ、H&MやReebok、Cole Haanなど、多くの大手アパレルブランドがキース・ヘリングとのコラボ商品を発表し、街中には彼のモチーフがあしらわれたTシャツやスニーカー、ゴルフ用品などのグッズがあふれています。
また2022年に開館15周年を迎える、山梨県の中村キース・ヘリング美術館では、「中村キース・ヘリング美術館開館15周年記念展:混沌と希望」が開催され、国内での注目もますます集まっています。
地下鉄の壁から始まった「グラフィティ」は今や世界中のファンが求める偉大なアート作品として、価格も高騰しています。
価格高騰が彼の求めていたところかはわかりませんが、世界が認めるアート作品だ、ということの裏付けではないでしょうか。
カタログレゾネ表紙
翠波画廊では、キース・ヘリングのカタログレゾネに掲載されている、オリジナル版画を扱っておりますので、ご安心してお求めいただけます。
キース・へリングの気になられる作品がございましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。

キース・ヘリング略歴

KEITH HARING

 

1958年 5月4日ペンシルベニア州レディングに生まれる。
1978年 ピッツバーグのアートセンターで個展を開催。ニューヨークに移り、スクール・オブ・ビジュアル・アーツに入学する。
1980年 この頃から地下鉄構内でのグラフィティ、「サブウェイ・ドローイング」を始める。
1982年 ドイツの現代美術展ドクメンタ、ブラジルのサンパウロ・ビエンナーレに出展。ニューヨークの画廊トニー・シャフラジで個展、バスキアらと共にグループ展も開催。
1983年 初来日。ギャルリー・ワタリ(現ワタリウム美術館)にて個展開催。渋谷区で壁画を作成(現在は解体済)。
1984年 オーストラリア、フランス、ブラジル、アメリカなど各地で作品を制作。
1986年 ニューヨークのソーホーに「ポップショップ」をオープン。Tシャツやポスター等のグッズを販売。
1987年 来日。多摩市の文化施設パルテノン多摩にてワークショップ。多摩市の子供数百名と共に絵画を制作。
1988年 東京に「ポップショップ東京」がオープン。開店準備のため来日。エイズの診断が下る。
1990年 2月16日、エイズによる合併症のため死去。31歳。
2007年 山梨県北斗市に中村キース・ヘリング美術館がオープン。

 

3つの購入特典

特典1

作品はすべて額装でお届け

特典2

配送時の保険・送料は
当画廊が負担

特典3

30日以内の返品受付、返品保証
※一部グッズについては対象外となります