アンリ・マティス 作品販売|原画・版画・リトグラフ
翠波画廊では、20世紀を代表するフランスの画家アンリ・マティス(Henri Matisse)の作品を販売しています。
ペンや墨による原画をはじめ、女性像や裸婦を描いたリトグラフ、銅版画、晩年の切り絵をもとに制作された美術誌『ヴェルヴ』収録作品などを取り扱っています。
作品の販売価格、制作年代、技法、サイン、エディション、カタログレゾネ、保存状態についても、ご購入前に詳しくご説明いたします。
アンリ・マティスの作品一覧
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マティスの価格帯と選び方

同じ図柄でも、生前に制作された限定版画か、挿画本や美術誌に収録された版画か、没後に刊行された作品かによって価格が異なります。
以下はおおよその目安です。実際の販売価格は、各作品ページまたはお問い合わせにてご確認ください。
・『ヴェルヴ』収録のリトグラフ
美術誌『VERVE(ヴェルヴ)』に収録されたリトグラフは、マティスの鮮やかな色彩や切り絵の構成を比較的購入しやすい価格から楽しめる作品です。
モチーフ、サイズ、保存状態などによって異なりますが、十万円台から数十万円程度の作品が一つの目安となります。
「青いヌード」「イカロス」「アポロ」「クレオール人のダンサー」など、晩年の代表的な切り絵をもとにした作品があります。
・リトグラフ・銅版画などの限定版画
マティスが生前に制作したリトグラフや銅版画には、女性像、裸婦、オダリスク、顔などを、簡潔で流れるような線によって表した作品があります。
価格は、制作年代、限定部数、直筆サイン、カタログレゾネ、希少性などによって異なり、数十万円から数百万円以上になる場合があります。

マティスのペン画、墨、鉛筆などによる作品は、作家が紙に直接描いた一点物です。
版画に比べて流通数が少なく、制作年代、モチーフ、サイズ、来歴、サイン、保存状態によっては、数千万円以上になることがあります。
同じマティス作品でも価格が異なる理由
同じ女性像や切り絵をもとにした作品でも、作家が直接描いた原画か版画か、直筆サインがあるか、限定部数の有無、作品の状態等によって価格が変わります。
翠波画廊では、ご予算、お好みのモチーフ、飾る場所などを伺いながら、現在販売中のマティス作品からご希望に合う一枚をご提案いたします。
アンリ・マティス作品の購入ポイント
1.原画か版画かを確認する
ペン、墨、鉛筆などによる原画は、作家が紙に直接描いた一点物です。 リトグラフ、銅版画、木版画などは、版を使って制作された版画作品です。版画の中にも、限定部数で制作されたもの、美術誌や挿画本のために制作されたもの、切り絵をもとにしたものなどがあります。
2.生前制作か没後刊行かを確認する
マティスの版画には、本人の存命中に制作・刊行された作品と、本人の指示や監修のもとで準備され、没後に刊行された作品があります。
例えば『ヴェルヴ』35・36号は、晩年の切り絵をもとに制作され、マティスが亡くなった後の1958年に刊行されました。
没後刊行であることが直ちに贋作を意味するわけではありませんが、制作経緯、刊行年、出版社、版元などを確認する必要があります。
3.サインとエディションを確認する
限定版画には、鉛筆による直筆サインとエディション番号が入る作品があります。
一方、『ヴェルヴ』など美術誌や挿画本に収録された版画には、直筆サインやエディション番号がないことも一般的です。サインがないという理由だけで、作品の真贋を判断することはできません。
マティスの版画を購入するときは、作品がカタログレゾネに掲載されているか、作品番号、制作年、技法、サイズなどが一致しているかを確認することが重要です。 挿画本や美術誌の作品については、書名、刊行年、出版社、版元、収録された号なども確認します。
5.作品の状態と飾る場所を確認する
紙作品では、ヤケ、シミ、退色、波打ち、折れ、余白の切断などがないかを確認します。 特に色彩が重要なマティス作品では、赤、青、黄、緑などの発色が保たれているかも大切なポイントです。 作品部分だけでなく、額装を含めた外寸も確認し、飾る壁面や家具とのバランスを考えて選びましょう。
マティス作品の真贋と保証について

マティスの版画と復刻版・ポスターの違い
市場には、マティスが生前に制作へ関わった版画のほか、作品を後年に印刷した複製画、ポスター、書籍から切り離された図版なども流通しています。
見た目が同じであっても、制作方法、刊行時期、版元、紙質、サイズなどによって美術品としての位置づけは異なります。
翠波画廊では、作品の制作背景を確認し、どのような位置づけの作品であるかをご購入前に詳しくご説明いたします。
『ヴェルヴ』収録作品について
『ヴェルヴ』35・36号に収録された作品は、マティスが晩年に制作した切り絵をもとに、リトグラフとして再現されたものです。
1958年の刊行であるため、マティスの没後に発表された作品ですが、後年に一般向けとして制作された複製ポスターとは制作経緯が異なります。
原画作品について
ペン、墨、鉛筆などによる原画では、作家の筆致、紙、サイン、制作年代、来歴、カタログレゾネや関連資料などを総合的に確認します。
翠波画廊では、これらの情報を慎重に検討し、真作と判断した作品のみを販売しています。
ご購入に安心の3つの保証
保証1
真贋には細心の注意を、真作保証
取り扱う作品は真作と判断した
本物の作品だけをご案内しております
保証2
ご購入後30日以内の返品保証
部屋に飾って合わない場合、
ご購入後30日以内でしたら返品を承ります
マティス作品でよくあるご質問
初めてマティス作品を購入するなら、どの作品がおすすめですか?
初めての方には、マティスらしい鮮やかな色彩と簡潔な構成を楽しめる『ヴェルヴ』収録のリトグラフや、流れるような線で女性を描いた「ヴィサージュ」シリーズなどがおすすめです。
ご予算、飾る場所、お好みの色やモチーフに合わせてご提案いたします。
マティスの原画と版画は何が違いますか?
原画は、ペン、墨、鉛筆などを使って作家が紙に直接描いた一点物です。
版画は、リトグラフ、銅版画、木版画などの技法によって制作された作品です。版画には、限定版画のほか、美術誌や挿画本に収録された作品もあります。
『ヴェルヴ』の作品はマティスのオリジナル版画ですか?
『ヴェルヴ』35・36号の作品は、マティスが晩年に制作した切り絵をもとに、リトグラフとして印刷され、1958年に刊行されたものです。
直筆サイン入りの限定版画とは位置づけが異なりますが、後年に一般向けとして印刷された複製ポスターとも異なります。刊行年、版元、技法、カタログレゾネなどを確認することが重要です。
サインがない版画でも本物ですか?
『ヴェルヴ』や挿画本に収録された版画には、基本的に直筆サインは入っていません。サインがないから贋作ということではありません。
作品の技法、刊行年、版元、サイズ、紙質、カタログレゾネなどを総合的に確認します。
マティス作品には鑑定書や証明書がありますか?
作品によって異なります。版画では、鑑定書よりもカタログレゾネ、作品番号、版元、エディション、来歴などによって確認することが一般的です。
原画については、鑑定書、証明書、来歴資料などが付属する場合があります。付属資料については作品ごとにご説明いたします。
マティスの人気モチーフは何ですか?
女性像、裸婦、オダリスク、顔、花、室内、ダンス、音楽などが代表的なモチーフです。
晩年の切り絵では「青いヌード」「イカロス」「クレオール人のダンサー」などが広く知られています。
【マティス 関連コラム】
マティス略歴
| 1869年 | アンリ・マティス、北フランスのカトー=ガンブレジーにて、商人の家に生まれる。 |
|---|---|
| 1887年 | パリへ出て法律の勉強を始める。 |
| 1889年 | 法律事務所の見習生となるためサン・カンタンへ戻る。 盲腸炎の療養期間に母から贈られた画材で絵を描き始める。 カンタン・ラトゥール美術学校の朝のデッサンコースへ通う。 |
| 1891年 | 法律を捨て、画家になることを決心し、パリのアカデミー・ジュリアンに入学。 |
| 1892年 | アカデミー・ジュリアンをやめる。エコール・デ・ボザールの入学試験には落ちてしまったものの、特別聴講生として、ギュスターヴ・モローの教室に迎えられる。モローの教室では生涯の友情を結ぶルオーやマルケと知り合う。この頃より1894年にかけて、モローの奨めによりルーヴルに通い多くの模写を行う。 |
| 1896年 | ソシエテ・ナシオナル・デ・ボザール展に4点の作品を出品。そのうち写実的な描写で、落ち着いた暗めの色彩で描いた「本を読む女」は国家の買上となり、ランブイエ城に飾られた。また同展の準会員に推挙される。 |
| 1898年 | アメリ―・パレイルと結婚する。 |
| 1899年 | 彫刻にも関心があったマティスは、エコール・デ・ボザールを離れ、彫刻の授業を受けるべくアカデミー・カリエールへ移り、ドランやヴラマンクと知り合う。この頃、シニャックの影響を受けて新印象派的な作品を制作する。 |
| 1900年 | 経済的に困窮し、夫人はシャトーダンに帽子店を開き生活を助ける。 |
| 1902年 | ベルト・ヴェイユ画廊への出品をはじめる。この頃最初の版画作品(ドライポイント)を制作。 |
| 1903年 | サロン・ドートンヌ設立。ルオー、マルケ、ボナールらと共に出品。 |
| 1905年 | 夏をドランとコリウールで過ごし、ともにフォービズムに達する。 |
| 1906年 | アンデパンダン展に「生きる幸福」を発表。木版画やリトグラフの作品をはじめて手掛ける。 |
| 1907年 | 「青い裸婦」を制作し、同年のアンデパンダン展に出品。はじめて外国での展覧会へ出品する。 学校で絵を教える。 |
| 1908年 | Note d’un peintre(二見史郎訳『画家のノート』に収録)を発表。 この年、モスクワの大コレクター、シチューキンが『食卓の赤のハーモニー』(エルミタージュ美術館)等を買い1911年にはその招きでモスクワを訪れる。 |
| 1909年 | フェリクス・フェネオンの仲介でベルネーム=ジュンヌ画廊と最初の契約を結ぶ。 |
| 1911-12年 | 2年続けてモロッコへ旅行。この時代からさまざまな空間表現の実験、装飾的要素の大胆な使用を試みる。 |
| 1916年 |
![]() 「テラスのオダリスク」 「テラスのオダリスク」1922年 銅版画 |
|---|---|
| 1918年 | ポール・ギョーム画廊においてピカソと二人展(カタログ序文はアポリネールが書く)。 |
| 1922年 | リトグラフをはじめる。この一連のリトグラフ作品は1925年の「縞模様のパンタロンのオダリスク」においてその頂点に達すると言われる。 |
| 1931年 | ニューヨーク近代美術館においてアメリカにおける最初の大規模な個展が開かれる。フランス国立美術館に素描6点を寄贈する。 |
| 1933年 | アメリカ、メリオンのバーンズ邱の壁画『ダンス』を制作、以後、平面化と単純化の試み(『バラ色の裸婦』1935年、ボルティモア美術館など)をへて、40年代の大室内の連作に達する(『赤い大室内』1948年、パリ、国立近代美術館など)。 |
| 1934年 | 「ユリシーズ」のための版画を制作する。 |
| 1937年 | ショスタコヴィッチ音楽、マッシン振付けによるバレー<赤と黒>の衣装および舞台デザインを依頼される。 |
| 1941年 | 大手術を受ける。 |
| 1942年 | 「シャルル・ドルレアン詩集」の挿画を制作。ピカソと交友。互いに作品を交換する。 |
| 1943年 | ヴァンスの別荘に移る。この頃より、切り絵細工を始める。 |
| 1946年 |
「ヴィサージュ」1946年 リトグラフ デフォルメされた女性が一色で描かれたシリーズですが、簡潔な表現にも関わらず、それぞれの女性の表情がよく捉えられています。マティスらしいイラストタッチな作品で、彼の豊かな才能を感じられます。 |
|---|---|
| 1947年 | 制作に3年かかった「ジャズ」がテリアードの編集により出版される。主要作品が、新しく建ったパリ国立近代美術館に入る。 |
| 1949年 | ヴァンスのロザリオ礼拝堂着工。コーン・コレクションがボルチモア美術館に入る。 |
| 1951年 | 東京国立博物館、ニューヨーク近代美術館においてマティス展が開かれる。 |
| 1952年 |
「青いヌード2」1958年 リトグラフ 故郷のル・カトーにマティス美術館が開館する。切り絵「ブルー・ヌード」の連作を制作する。 |
|---|---|
| 1954年 | ニューヨークにおいて展覧会。ユニオン・チャーチのバラ窓をデザインする。11月3日、ニースで死去。 |


