モーリス・ユトリロ 絵画販売
ユトリロ(MAURICE UTRILLO) 絵画作品販売
パリ、モンマルトルの風景を描いた、油絵、グワッシュ(水彩)、パステルからリトグラフ等のサイン入りオリジナル版画まで販売しております。
ユトリロ作品のご購入をご検討でしたら、ぜひ画廊にて本物の作品をご覧ください。
販売価格についてもお気軽にお問い合わせください。
モーリス・ユトリロの作品一覧
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ユトリロの魅力
モーリス・ユトリロ作品の魅力|
パリの街を詩情豊かに描くエコール・ド・パリの画家
モーリス・ユトリロは、1883年にパリ・モンマルトルで生まれたエコール・ド・パリを代表する風景画家です。
母である画家シュザンヌ・ヴァラドンのもとで育ち、生涯にわたりモンマルトルを中心としたパリの街並みを描き続けました。
20世紀にさまざまな芸術運動が興るなかでも流行に左右されることなく、教会や石畳の坂道、古い建物などの静かな都市風景を主題に制作を続けました。人影の少ない街並みや白い壁に漂う静寂と叙情性は、ユトリロならではの魅力です。
パリへの深い愛情が込められたその作品は、現在も世界中で高く評価されています。

ユトリロを代表する作品群として知られるのが、1910~1914年頃の「白の時代」です。
白い建物や教会、石造りの街並みを描いた作品が多く、白を際立たせるために建物の漆喰を絵具に混ぜていたともいわれています。
独特のマチエールによって生み出された重厚な質感は、ユトリロ芸術の大きな特徴です。
人影の少ない街角や曇り空に包まれた風景には静かな詩情が漂い、現在もユトリロの代表的な画風として高く評価されています。

モンマルトルで生まれ育ったユトリロは、生涯を通してパリとその周辺の風景を描き続けました。
キュビズムやシュルレアリスムなど新しい芸術運動が次々と登場する時代にあっても流行を追うことなく、石畳の坂道や教会、街角の建物など身近な風景を主題に制作を続けました。
その作品には華やかな都市の姿ではなく、静けさや郷愁を感じさせる「古き良きパリ」が描かれており、世界中の人々を魅了し続けています。

ユトリロは若い頃からアルコール依存や精神的な不調に苦しみ、療養生活を送るなかで本格的に絵を描き始めました。
画家として成功を収めながらも苦悩の多い人生を歩みましたが、その経験は作品に独特の情感をもたらしています。
静寂に包まれた街並みや白い壁の表現には、孤独や哀愁だけでなく、パリへの深い愛情も感じられます。
人々の心に寄り添う温かさを持つ作品世界こそが、今なお愛され続ける理由の一つです。
モーリス・ユトリロの価格帯と選び方

作品の制作年代やモチーフ、サイズ、保存状態によって価格は大きく異なります。
グワッシュや水彩作品は数百万円台から、油彩作品は少なくとも一千万円以上となる場合が多く、作品によっては数千万円以上で取引されることもあります。
なかでも「白の時代」の作品は国際的な評価が高く、美術館級のコレクションとして高い人気を誇っています。
・直筆サイン入りの版画作品
作品の図柄や限定部数、保存状態などによって異なりますが、一般的には数十万円台から数百万円台の価格帯が中心です。
ユトリロを代表するモンマルトルやパリの街並みを描いた作品が多く、肉筆作品に比べて取り入れやすい価格帯でありながら、高いコレクション性を備えています。
・挿画本・サインのない版画作品
「モンマルトル・ベキュ(Vécu de Montmartre)」や「生涯と伝説」などの挿画本由来の作品は、数十万円台を中心に流通しています。
比較的流通量の多い作品では二十万円前後からお求めいただけるものもあり、初めてユトリロ作品を購入される方にも人気があります。
ユトリロならではの詩情あふれるパリの風景を、比較的手頃な価格帯で楽しめることも魅力の一つです。
ユトリロ作品でよくあるご質問
モーリス・ユトリロ作品はなぜ人気があるのですか?
ユトリロ作品は、モンマルトルをはじめとするパリの街並みを描いた叙情的な風景表現と、「白の時代」に代表される独自の画風によって、今なお世界中で愛され続けています。
人影の少ない街角や古い建物からは静寂や郷愁が感じられ、見る人の心を惹きつけます。
また、美術史においてエコール・ド・パリを代表する風景画家として高く評価されていることに加え、油彩や水彩などの肉筆作品から版画、挿画本作品まで幅広い作品が存在することも魅力のひとつです。
ご予算や目的に応じて選択肢が豊富なため、初めて美術品を購入される方から本格的なコレクターまで幅広く支持されています。
ユトリロの鑑定書は付きますか?
ユトリロの油彩やグワッシュなどの肉筆作品につきましては、正式な鑑定書が付いた作品のみお取り扱いしております。
現在、ユトリロ作品の鑑定については、故ジャン・ファブリス氏の後継者であるセドリック・パイエ氏らによる鑑定書付き作品が国際的にも流通しています。
また、版画作品につきましても、作品内容や出版背景、カタログレゾネなどを確認したうえで仕入れを行っておりますので、安心してご検討いただけます。
ユトリロの版画作品もコレクション価値がありますか?
はい。ユトリロの版画作品は現在でも世界的に流通しており、特に人気シリーズや保存状態の良い作品は高く評価されています。
「モンマルトル・ベキュ」や「生涯と伝説」などの挿画本由来作品は、ユトリロらしいモンマルトル風景を楽しめる作品として人気があります。
また、オリジナルリトグラフ作品は、初めてユトリロ作品をコレクションされる方にもおすすめしやすいジャンルです。
【ユトリロ 関連コラム】
ユトリロ略歴
| 1883年 | 12月26日、マリー=クレマンティーヌ・ヴァラドン(シュザンヌ)の息子としてパリ18区ポトー通り8番地で生まれる。 |
|---|---|
| 1898年 | コレージュ・ロランに入学するが、中退、職を転々とする。 |
| 1904年 | アルコール中毒のため、パリのサン=タンヌ病院に入院する。4ヶ月後、モンマニイの家に移り、最初はデッサン、その後本格的に絵を描き始める。 |
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1904-08年 モンマニ―時代 |
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| 1905年 | 特にモンマニーとパリのセーヌ河岸を描く。 |
| 1908年 |
印象派(シスレー、ピサロ)の影響を受け、糊や砂とともに石灰石やセメントを黒、ジンクホワイト、イエローオーカー、ウルトラマリン、マッダレーキといった限られた絵の具に混ぜてマチエールを創る。 |
| 1909年 |
作品が初めて画商のルイ・リボードに売れる。 |
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1910-14年 白の時代 |
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| 1910年 | カッペルレ兄弟とポール・ガリマールがユトリロの作品を複数買う。 |
| 1914年 |
3月2日、ホテル・ドルオーでの競売会「熊の皮」で、ユトリロの作品が初めて高値で売れる。パリのモン=スニ通り33番地でカフェを経営していたゲイ親父の所に泊まり数週間で数点の傑作を制作。「白の時代」の絶頂期。 |
| 1919年 |
ユトリロの重要な作品による展覧会がパリのルプートル画廊で開かれる。 |
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1920-55年 色彩の時代 |
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| 1921年 |
サンテ刑務所に未決勾留される。モンマルトルの丘への立ち入りを禁じられ、家族は彼をボージョレーに連れていく。葡萄園主の家でアルコール中毒の治療。フランシス・カルコが、ヌーベル・フランセーズ社から27点の絵とデッサンの図版が入ったユトリロについての研究書を出版する。 |
| 1922年 |
「色彩の時代」の入り口にあって、奥行きのあるハイパーリアリズムを試み始める。今までで最も強い線が、懸命に自分を奮い立たせよう、構築しようとするユトリロの衰えつつある気持ちを暗示している。 |
| 1925年 |
セルゲイ・ディアギレフのロシア・バレエ団のために舞台装飾をする。 |
| 1928年 |
8月1日、レジオン・ドヌール勲章シュヴァリエ章と教育功労章を授与される。 |
| 1935年 |
4月8日、リュシー・ポーヴェルと結婚式をあげる。 |
| 1938年 |
4月7日、シュザンヌ・ヴァラドンが死去する。 |
| 1955年 |
10月17日、パリ市から金メダルを授与される。テルトル広場で、サシャ・ギトリィ監督の映画「もしパリが私に物語っていたなら」に出演する。 11月5日、モーリス・ユトリロはダックス(ラーンド県)で死去する。
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