アートコラム

かつてユーゴスラビアと呼ばれた国の画家

2019/11/19

2019年10月22日、日本人初の国連難民高等弁務官となった緒方貞子さんが亡くなりました。個人や国家の欲望にとらわれず、世界のために働かれた方でした。合掌。
今もなお、世界では難民問題が連日のように報道されています。
特にアフリカとヨーロッパ、アジアとヨーロッパのボーダーが難民問題を抱えています。
中でも火種がくすぶっているのがバルカン半島です。
アジアに属するトルコと、ヨーロッパに属するギリシャ、ブルガリアが接するバルカン半島は、古来よりヨーロッパの火薬庫と呼ばれてきた紛争地域です。
アジアとヨーロッパの交わるこの地には昔から多様な民族が入れ替わり居住し、キリスト教徒とイスラム教徒の争いが繰り広げられました。
今回はあまり知られていないバルカン半島のアーティストを紹介します。

 

ユーゴスラビアの誕生

バルカン半島は第一次世界大戦の引き金となった場所としても有名です。
当時、この地域の北側はハプスブルグ家の支配するオーストリア=ハンガリー帝国となっていましたが、支配下に置かれたスロベニアやクロアチアやボスニア・ヘルツェゴビナは、隣国セルビアの力を借りての独立を画策していました。
1914年、オーストリア=ハンガリー帝国の次期皇帝に当たるハプスブルク家のフランツ・フェルディナント夫妻が、ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボを訪問中、ボスニア系セルビア人によって暗殺される事件が起きました。
これに怒ったハプスブルク家のオーストリア=ハンガリー帝国は、セルビアに対して宣戦布告し、戦争が始まります。
しかし、セルビアの裏にはバルカン半島への進出を目論むロシアがついていました。ロシアとセルビアは同じルーツを持つスラブ人の国として同盟関係にあったからです。
これに対して、オーストリア=ハンガリー帝国の味方をしたのは、ハプスブルク家の故郷であるドイツです。
ドイツはどさくさにまぎれてフランスにも宣戦布告し、そうなればフランスを救うためにイギリスがドイツに宣戦布告し、イギリスと同盟を結んでいた日本やアメリカも参戦するなど、世界中に戦火が拡大していきました。
最終的に負けたのはオーストリア=ハンガリー帝国とドイツでした。オーストリア=ハンガリー帝国は解体され、バルカン半島には南スラブ人の国を意味するユーゴスラビア王国が誕生します。

 


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セルビア人に愛されるボヘミアン

ユーゴスラビアの紙幣に登場していた人気画家を紹介しましょう。
1994年の通貨切り下げ時に新しく発行された20ノビ・ディナール紙幣の肖像画となった、ゲオルギー・ジュラ・ヤクシッチ(Georgije “Đura” Jakšić)です。
1832年にヤクシッチが生まれたとき、セルビアはオスマントルコ帝国から独立したばかりの小公国でした。
しかもヤクシッチが生まれた場所であるスルプスカ・クルニャは、いまだオーストリア=ハンガリー帝国の支配下にありました。
この地域に住んでいたのはほぼセルビア人であったため、1848年のハンガリー革命でハンガリー王国が独立するとともに、ヤクシッチの故郷はセルビアと合併することになりました。
晴れてセルビア国民になったヤクシッチは、首都ベオグラードに出てきて自由を謳歌します。
当時、「ベオグラードのモンマルトル」と呼ばれたスカダルリヤには、多くの芸術家が集っていました。ヤクシッチも詩人、画家、作家として活躍します。
また、愛国者のヤクシッチは、セルビアの独立を守るために、オーストリア=ハンガリー帝国やオスマントルコ帝国との戦いに積極的に身を投じました。そのためもあってか、健康を害し、若干46歳で亡くなってしまいます。
今もなお、ベオグラードのスカダルリヤにはヤクシッチの銅像が残されています。

ユーゴスラビア20ノビ・ディナール紙幣(ゲオルギー・ジュラ・ヤクシッチ)

 

ゲオルギー・ジュラ・ヤクシッチ(1832-1878)≪青の少女≫

 

ユーゴスラビアの分裂と現在

オーストリア=ハンガリー帝国やオスマントルコ帝国との戦いの中で独立した南スラブ人の国ユーゴスラビアは、しかし細かく見れば言語や文化が少しずつ異なる別々の民族が合わさった連合王国であり、それぞれが自治を要求する難しさを最初から抱えていました。
それでも、20世紀前半はナチス・ドイツの脅威などに対抗する中で国がまとまり、戦後はチトー大統領の強力なリーダーシップもあって社会主義国家として、1990年代まではなんとか一つの国としてのかたちを維持します。
しかし、冷戦が終わって民主化運動が始まると、自治を求める民衆と統制を求める国家との間で内戦が起き、分裂を止めることができなくなりました。
1990年代に起きたユーゴスラビア紛争では、敵対する民族を虐殺する「民族浄化」なる言葉がメディアに出回り、悲惨さを印象付けました。後にこの言葉が一方から依頼を受けた広告代理店による印象操作のプロパガンダであることも暴露されるなど、対立の根深さが浮き彫りになりました。
現在、ユーゴスラビアは、スロベニア、クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、北マケドニアの6つの国家に分割しています。コソボ自治州も独立宣言を行いましたが、日本やアメリカやフランスなどの承認は得られたものの、セルビアやロシアや中国が拒否しているなど、いまだに紛争の火種が絶えていません。

 

戦乱に見舞われたセルビアの画家

連邦国家ユーゴスラビアの解体後、その政体を受け継いだのは、首都ベオグラードを擁するセルビアです。
もちろんユーゴスラビアができる以前から、セルビアは独立国家として存在していました。
そのセルビア王国に生まれ、ドイツで学んだのが、女性画家のナデジダ・ペトロヴィッチ(Nadežda Petrović)です。当時の芸術の最先端地だったパリにも、2年間滞在して修業しています。
彼女の生きた時代、故郷のセルビアは戦乱のただなかにありました。
第一次世界大戦が起きると、ナデジダはボランティアの従軍看護婦として前線の病院に出ました。そこで感染症にかかり、わずか41歳で亡くなってしまったのです。
2001年、国のために身を挺して働いたナデジダは、ユーゴスラビアの200ディナール紙幣の肖像に採用されました。
2006年にユーゴスラビアが完全に解体された後も、政府と国立銀行を継承したセルビア共和国の紙幣として、今もなお使われています。

セルビア200ディナール紙幣(ナデジダ・ペトロヴィッチ)

 

ナデジダ・ペトロヴィッチ(1873-1915)≪収穫≫

 

ユーゴスラビア出身の現代アーティスト

アート情報サイトArtnetは2017年に、過去100年に最も影響力のあったアーティストとして、デュシャンやウォーホルやバンクシーと並べて、マリーナ・アブラモヴィッチ(Marina Abramović)を選びました。
マリーナ・アブラモヴィッチは、第二次世界大戦後の1946年にユーゴスラビアの首都ベオグラードに生まれた女性の現代アーティストです。
アブラモヴィッチが美術アカデミーで学んだのは絵画でしたが、卒業後はコンセプトアートやパフォーマンスアートといった現代アートに取り組みます。
パフォーマンスアートとは、自らの身体を用いて、形に残らないその場だけのアートを作り上げることです。シナリオと予定調和を排した、何が起こるかわらないハプニングの要素がアート性を担保しています。
アブラモヴィッチは1974年の≪リズム・ゼロ≫で、6時間にわたって彼女自身の身体を観客の意のままにさせました。美術館内の展示スペースではありましたが、観客によって彼女の服はカミソリで切り裂かれ、上半身を裸にされ、身体にも傷がつけられ、血が流れました。実弾の入った拳銃の銃口が、彼女のこめかみに押しつけられました。他の観客が止めなければ、行為はもっとエスカレートしていたことでしょう。
アブラモヴィッチはこのパフォーマンスによって、人がいかに簡単に他人をモノ扱いしてしまえるかを衆目にさらしました。
2010年のMOMA(ニューヨーク近代美術館)の回顧展では、67日間にわたって毎日7時間以上椅子に座り続けて、向かい側に置かれた椅子に順番に腰かける来場者と黙って見つめ合うパフォーマンスを行いました。
63歳のアブラモヴィッチには肉体的にも果敢な挑戦でしたが、アブラモヴィッチと相対するために、シャロン・ストーンやイザベラ・ロッセリーニといったセレブが順番待ちの行列に並んだそうです。また、彼女と見つめ合った多くの人が、感情を刺激されて涙を流したそうです。
パフォーマンスがアートであるかどうかには議論もありますが、観客の心を動かすという意味では優れて芸術的であったと思います。

アブラモヴィッチの名声は徐々に高まり、今やパフォーマンスアートの第一人者と見なされるようになりました。2018年にもアート・バーゼル香港でパフォーマンスを披露するなど、72歳という年齢を感じさせません。
アブラモヴィッチは現在アメリカで暮らしています。そして出身地を問われたときはセルビアとは言わず、ユーゴスラビアと答えるそうです。モンテネグロ出身の両親を持つ彼女にとって、分裂前のユーゴスラビアだけが祖国と言えるものなのでしょう。
2019年12月6日まで、現代美術センター北九州CCAギャラリーにて、アブラモヴィッチの展覧会が開催されています。お近くの方はぜひ。

 

 

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