アーティストとお金の関係は、いつだって興味深いものです。 アーティストは芸術的衝動に突き動かされて絵を描くものですが、絵を描き続けるためには、常にお金が必要だからです。 
そこで、近代からは、アーティストは作品を売って生活の糧に変えて収入を得るようになりました。その作品を売るために必要となったのが、私たちのような画商です。 ところが、21世紀の現在、絵を街中に描くだけでギャラリーでは売ろうとしない謎のアーティストが話題になっています。 
 
目次
	グラフィティを描くBanksy 美術館の権威を笑う活動で有名に なぜバンクシーは画廊と契約せず、ストリートに作品を描き続けるのか 謎のアーティスト、バンクシーの足跡を追う映画『セービング・バンクシー』 人目をひくパフォーマンスで有名になったバンクシー 映画『バンクシーを盗んだ男』は、本当は何を盗んだのか? 仲間と一緒にベツレヘムへ向かったバンクシー ストリートアートは誰のものか? 作者? 街の人? 建物の所有者? 正解のない問題に立ち向かうバンクシー 慈善活動と世界に対するメッセージで名前をあげる バンクシーは資本主義にとりこまれた?  
 
グラフィティを描くBanksy 2017年、一般のイギリス人2000人を対象に、好きな芸術作品を訊ねたところ、19世紀の画家ジョン・コンスタブルの《 干し草車 》を抑えて、バンクシーの代表作《 風船と少女 》が1位に選ばれたとのニュースがありました。 イギリスでは、それだけポピュラーな存在ですが、当時の日本での知名度はいまいちでした。 
 
▲バンクシー《風船と少女》  
あまり現代アートに馴染みがないと、2017年5月の海外オークションで、日本人が123億円で落札して話題になったグラフィティ・アートの作者バスキア(Basquiat)を想起するかもしれませんが、名前は似ていても別人です。 
バスキアは1988年に27歳で亡くなったアメリカの画家です。 ストリートのグラフィティ(落書き)から出発してはいるものの、画家として有名になってからは、キャンバスに作品を描いて、グラフィティからは足を洗いました。 
 
美術館の権威を笑う活動で有名に グラフィティとは、街の建物の壁などにスプレー缶などで勝手に描かれた落書きのことで、1980年代にストリートのアートとして注目されるようになりました。 バンクシーが、本名や年齢や素顔を隠して謎の画家でいるのは、公共の建造物や私有財産に、勝手に絵を描いてしまうグラフィティが違法行為だからです。 
実際、多くのグラフィティは、自治体や建物のオーナーによって、描いたそばから塗りつぶされていきます。 そのように、一過性のアートであるところが、グラフィティ・アーティストの反骨心をより刺激して、カウンター・カルチャーとして栄えるようになったのでしょう。 その中で最も有名になったのが、イギリスのバンクシーです。 
 
▲Banksy Official Siteより  
1990年頃から活動を始めたバンクシーがアート業界で話題になったのは2005年、MOMAやメトロポリタン美術館や大英博物館などに、自分の作品を勝手に展示したパフォーマンスからです。 
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その後、イスラエルとパレスチナの紛争地帯であるベツレヘムを訪問して、両国を隔てる分離壁に平和を訴えるグラフィティ・アートを描く政治的なパフォーマンスをおこない、一気に有名になりました。 
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▲バンクシー《花束を投げる男》(愛は空中に)  
バンクシーが有名になるにつれて、その作品の価値も上がります。 しかし、他人の所有する壁に描かれたバンクシーの作品は、所有者の許可がなければ取り外して売買することができません。 こうして、作品を街中に残していくアーティスト、バンクシーの伝説が作られていったのです。 
▲イスラエルとパレスチナの分離壁に描かれた《風船と少女》の別バージョン  
 
なぜバンクシーは画廊と契約せず、ストリートに作品を描き続けるのか 一般に、アーティストが作品を売らないと、二つの弊害があります。 一つは、生活や作品製作のための資金を、他から得なければならないことです。 もう一つは、売らなければ流通に乗らないため、作品を公開する手段が限られてしまうことです。 
おそらくバンクシーにはどちらも問題ではないのでしょう。 もちろん、作品は消されることもありますが、ネット時代の今日では、写真は勝手にSNSで拡散されます。 そもそも、署名すらない作品がバンクシーの作品だとわかるのは、バンクシーのインスタグラムに写真がアップされるからです。 
 
 
 
謎のアーティスト、バンクシーの足跡を追う映画『セービング・バンクシー』 バンクシーのようなグラフィティ・アーティストに対して、行政を中心に違法行為だと批判する声がある一方で、その芸術価値を認めて作品を保存しようとする動きもあります。 2017年にアメリカで公開された映画『セービング・バンクシー』は、バンクシーの作品をめぐる、そのような問題を描いています。 
▲Saving Banksy Official Siteより 映画に出てくる画商ステファン・ケスラーは、作品が描かれた壁の所有者の許可を得て、壁を取り外し、バンクシーの作品の販売を手掛けています。 オークションでバンクシーの作品が110万ドル(約1億800万円)で売れたり、ハリウッド俳優のブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー夫妻が、バンクシーの展覧会で作品数点を購入したりの実績があるからです。 しかし、作品を市場で流通させる行為については、バンクシー本人の許可が出ていないことから、非難の声もあります。とはいえ、そもそも他人の所有物に落書きをする行為が違法なのです。 
おそらく、お客さまの希望を第一と考えて、ご相談があれば取り扱うように動くことでしょう。 しかし、実際に入手できるかどうかは別問題です。 みなさんも、欲しい作品に出会ったときには、一期一会を大事にしてください。 
 
人目をひくパフォーマンスで有名になったバンクシー 一方、映画に出てくるコレクターのブライアン・グライフは、作品を保存するために、所有者と交渉して美術館に寄付してもらうよう運動しています。 しかし、美術館の学芸員は、本人の署名のない作品は、本物だと認めることができないとして、寄付を受け付けません。 こうして、何十万ドルもするバンクシーの作品は、行政当局によって消されてゆきます。 そのような顛末すらも、バンクシーのパフォーマンスの一部のような気がしてくるのです。 
風船と少女 》が2018年にサザビーズ・オークションにて104万2000ポンド(約1億5800万円)で落札された瞬間、バンクシーは額の裏側にこっそりと仕込んだシュレッダーを遠隔操作して、売れたばかりの作品を切り刻んでしまったことがあります。 
風船と少女 》から《 愛はごみ箱の中に 》に改題することを発表し、シュレッダーの仕込まれた額ごと落札者へと引き渡しました。 
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落札者は3年後の2021年に再びサザビーズのオークションにこの作品を出品しました。予想落札価格は400万〜600万ポンド(約6億円〜9億円)でしたが、何と購入時の18倍にあたる1858万ポンド(約28億8000万円)で売り抜けることができました。
▲シュレッダーにかけられた《風船と少女》(愛はごみ箱の中に)   
映画『バンクシーを盗んだ男』は、本当は何を盗んだのか? バンクシーについてのドキュメンタリー映画から、さらに人物像を探ってみましょう。
映画『バンクシー 抗うものたちのアート革命』(2020) 。 
『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』 (2010)。映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』についてはこちら>> 『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』 (2014)。『セービング・バンクシー』 (2017)。『バンクシーを盗んだ男』 (2017)。
▲DVD『バンクシーを盗んだ男』ソニー・ピクチャーズエンタテインメント  
仲間と一緒にベツレヘムへ向かったバンクシー 2007年12月、バンクシーは3度目のベツレヘム巡礼を行います。1度目と2度目はイスラエルとパレスチナを隔てる分離壁に絵を描くためでした。最初の2回のベツレヘム訪問とその時に分離壁にバンクシーが描いた壁画についてはこちら>> 
▲ベツレヘムのストリートに描かれた《ロバと兵士》  
 
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ストリートアートは誰のものか? 作者? 街の人? 建物の所有者? 
この出来事が、映画『バンクシーを盗んだ男』の発端となりました。
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正解のない問題に立ち向かうバンクシー 
映画『バンクシーを盗んだ男』は、地域住民の視点とアート関係者の視点を交互に織り交ぜながら、ストリートアートの価値を探っていきます。
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▲バンクシー《Laugh Now》猿の胸に書かれた文字の意味は「今は笑っていろよ、そのうち俺たちの出番が来る」   
慈善活動と世界に対するメッセージで名前をあげる 「アートテロリスト」とも呼ばれるバンクシーの活動は、ただ世間を騒がせることが目的のようにも見られがちですが、その裏には、この混沌とした世界に対する確固としたメッセージが潜んでいます。
▲バンクシー《CND Soldiers》