水玉の向こうに残したもの~草間彌生さんを偲んで

草間彌生さんが亡くなったという知らせを聞き、ひとつの大きな時代が終わったような寂しさを感じています。
今では「草間彌生」という名前を知らない人の方が少ないかもしれません。
水玉、網目、かぼちゃ。そして鏡によって無限に広がっていく空間。
美術館へ行かない人でも、黄色いかぼちゃに黒い水玉が描かれた作品を見れば、「草間彌生だ」と分かる。
それほどまでに自分自身の視覚言語を社会に定着させた日本人画家は、ほかにほとんどいないのではないでしょうか。
しかし、私が草間彌生という画家について改めて思うのは、あの華やかで楽しげな作品世界が、決して単なるデザインとして生まれたものではなかったということです。

世界的巨匠・草間彌生の原点

ソフト・スカルプチャーと草間(1963)©YAYOI KUSAMA
引用:nippon.com

草間さんは幼い頃から幻視や幻覚を体験し、水玉や網目を描き始めました。
1957年に単身アメリカへ渡り、翌年からニューヨークを拠点として、巨大な「インフィニティ・ネット」、ソフト・スカルプチャー、鏡を使ったインスタレーション、ハプニングなど、当時としては極めて前衛的な表現を次々に発表していきます。
今でこそ世界的巨匠となった草間彌生ですが、最初からその地位が約束されていたわけではありません。
若い日本人女性が一人でニューヨークへ渡り、欧米の男性作家たちが中心だった美術界の中で、自らの作品だけを頼りに道を切り開いていく。
その姿を想像すると、どれほど強い意志が必要だったのだろうと思います。
私たちは完成された名声を持つ草間彌生しか知らないため、つい彼女を「世界的に成功した画家」として見てしまいます。
しかし本当に心を打たれるのは、成功そのものよりも、成功するはるか以前から、自分にしか見えない世界を描き続けたことではないでしょうか。

 

水玉も、網目も、自己消滅という思想も、最初から多くの人に愛されるためにつくられたものではありません。
むしろ彼女自身が生きるために必要だった表現だったのだと思います。
それが長い時間を経て、世界中の人々に受け入れられるようになった。
ここに芸術の不思議さがあります。

草間彌生が世界中で愛される理由

草間彌生《かぼちゃ (黄Y)》
1992年 シルクスクリーン 120部
詳細はこちら>>

草間作品の素晴らしいところは、難しい理論を知らなくても楽しめることです。
鮮やかな黄色。反復する水玉。ユーモラスなかぼちゃ。どこまでも続いていくような網目。
子どもが見ても楽しい。
初めて現代アートに触れる人も惹きつけられる。
一方で、その奥を知ろうとすると、無限、自己消滅、生と死、愛といった、草間さんが生涯問い続けてきた深い世界が現れてきます。
公式の経歴にも、彼女が一貫して自然、愛、生と死を超えた無限をテーマに制作を続けてきたことが記されています。
入口は明るく、奥行きは深い
これこそ、草間作品が世界中でこれほど多くの人に愛された理由の一つではないかと思います。
美術商として作品を扱っていると、お客様が作品を好きになる瞬間を見ることがあります。

直感から深遠へ:草間彌生が残した劇的な芸術家人生

《毎日愛について祈っている》 © YAYOI KUSAMA

草間作品については特に、「難しいから理解した」というより、
「このかぼちゃが好きです」
「この赤がいい」
「見ていると元気になります」
という、実に素直な言葉を聞くことが多いように感じます。
私はそれでいいのだと思います。

 

芸術は、すべてを理解してから好きになるものではありません。
まず作品に惹かれる。
なぜ惹かれるのだろうと考える。
そこから作家の生涯を知り、作品の背景を知る。
そしてもう一度作品を見ると、最初とは少し違って見える。
草間彌生の作品には、そのように人を作品世界へ引き込む力がありました。

 

そして、もう一つ忘れてはならないのは、その創作の量と持続力です。
帰国後も制作を止めることなく、絵画、版画、彫刻、インスタレーション、小説など活動領域を広げ、「わが永遠の魂」だけでも約900点を制作しました。
2021年からは新たな絵画シリーズ「毎日愛について祈っている」に取り組み、晩年まで創作を続けていました。
97年の生涯の中で、時代の流行が何度変わっても、自分の世界を描き続けた。
その結果、かつて彼女自身を苦しめた水玉や網目が、今では世界中の人々を楽しませるものになりました。
これほど劇的な芸術家の人生もありません。

時代を超えて生き続ける作品——草間彌生さんが残した永遠の意志

草間彌生《ドレス》
1982年 リトグラフ、コラージュ 75部
詳細はこちら>>

草間彌生さんは亡くなりました。
しかし、不思議なことに、作品を前にすると「終わった」という感じがしません。
水玉はこれからも増殖し続け、かぼちゃは人々を微笑ませ、「Infinity」という彼女が追い求めた世界は、作品を見る人の中でこれからも広がり続けるのでしょう。
画家はいつか亡くなります。
しかし優れた作品は、その人の生涯を越えて残っていきます。
次の世代が作品を見て、また新しい意味を見つける。
そして誰かが作品を所有し、大切にし、次の誰かへと受け継いでいく。
草間彌生さんほど、芸術家が作品によって時代を超えて生き続けるということを実感させてくれる存在も少ないように思います。
日本から世界へ出て、自分だけの表現を貫き、ついには一つの時代をつくった草間彌生さん。
その長い創作人生に、心から敬意を表したいと思います。
そして、これから草間作品を見るたびに、その水玉の向こう側にあった、一人の芸術家の途方もない意志にも思いを寄せたいと思います。
謹んでご冥福をお祈りいたします。

 

翠波画廊 髙橋芳郎

 

 

翠波画廊代表 髙橋芳郎

株式会社ブリュッケ(翠波画廊)代表取締役。
美術大学卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。 2001年、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。
以降長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等フランスの近代巨匠から、
ウォーホル、キース・へリング等現代アートまで幅広く扱う。

 

 

草間彌生作品一覧はこちら>>


登録は無料!

翠波画廊会員にぜひご登録ください>>

知ってて得するアートコラム、新入荷作品情報、お買い得の特別価格作品情報など、お役立ち情報をお届けしています。

 

【配信コンテンツ】

 

1. 役立つアートコラム(月3~4回配信)

 読むだけで最新のアートシーンや絵画の知識が身につくコラム。アート初心者からコレクターの方まで必読です。

 

2. イベント情報

 画廊でのワークショップやセミナーのご案内をいち早くお知らせ!

 

3. 展示会のご案内

 翠波画廊で開催する展覧会や、全国百貨店での作家来日展情報などをお知らせいたします。

アートコラム一覧