『月刊アートコレクターズ』の「著者インタビュー」に掲載
世に美術市場を扱った書は数あるが、印象的なタイトルと装丁家として日本を代表する鈴木成一の手になる雰囲気ある装丁の本書は、翠波画廊を構える髙橋氏の書き下ろし。「値段」を切り口に印象派からエコール・ド・パリにいたる11人の画家を生年順に、値段の高い時代だけでなく、不遇の時代まで作品と社会状況を合わせて紹介。ベテラン画商ならではのエピソードも満載で、絵を買う方の入門書としても、美術鑑賞をあらためて考えたい人にとってもぴったりの一冊である。
近代が始まった頃の「芸術」と社会
―― 実感を交えた語り口が分かりやすく、面白く読ませていただきました。本を出されたきっかけは何だったのでしょうか?
髙橋 私は今年で画商になって30年になりました。この機会に、学者ではなくあくまで美術商として日々絵画に向き合う中で感じた美術に対する思いを素直な気持ちで書きたいという思いがありました。
―― 本書の流れでも、この頃が時代の変わり目にあたりますね。
髙橋 もう一つ重要なのが、画家の描いた絵を買ってくれるマーケットもこの時代にでき始めたことです。市場が無ければ画家は育ちません。印象派の絵はアメリカでよく売れモネやルノワールの絵の値段も時間とともに値上がりしていきました。そのため若い画家に投資をすれば将来的に値上がりするのではないかと絵画を投資の対象とする目端が利く人も現れます。20世紀初頭、フランスでは投資家が集まってポー・ド・ルルス「熊の皮」(日本で言うところの、捕らぬ狸の皮算用の意)などと名乗る投資家グループが現れます。彼らはそのころまだ無名だったマチスやピカソなどの絵を買い込み10年後にオークションで売ったところ4倍になりました。絵画投資が成功したわけです。そんな事実が世間の知るところとなり絵画の値上がりを期待して若手画家の作品を買う人たちが増えていきます。購入目的はさておき若手の作品が売れる市場ができたことにより、多くの画家が育っていきました。
創作者への親密な目線
―― 髙橋さんはそもそも美大のご出身ですが、市場の話題に加え、作家の創作というものに対する親密な目線を感じました。
髙橋 ピカソが目指した子供の絵というのは何のことなのかと不思議に思っていました。若い頃のピカソが自分の絵を画商に認めて買ってもらうためにいろんな画策をしたのを知ってからピカソは他者からの目をことのほか意識していたことが分かりました。それを思ったときピカソの言う子供の絵とは晩年になって経済的にも社会的にも成功を勝ち取って誰の目も気にすることなく自由に描けるようになる心境を言ったのだろうと思ったわけです。それを得ることができた晩年のピカソの作品には自分が好きなものだけを描けるようになった喜びにあふれているように思いました。
―― 「子ども」という話題もひとつのキーワードになっていますね。髙橋さんのお子さんのエピソードも印象的でした。
髙橋 本文でも書いた類人猿と人を分けるもの、畏怖の感情は共にあるでしょうが、それが解消した後の安堵を人は笑うことで表現します。その時の畏怖が喜びに変わった反動の喜びの感情が歌や踊りになり、それが独立して遊びとなる、遊びが文化になりスポーツや芸術になる。 |