キュビスムとは?

キュビスムとは、20世紀初頭のパリで、パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラックを中心に生み出された美術運動です。
一つの固定された視点から対象を写し取る従来の遠近法を離れ、人物や物を幾何学的な面に分解し、複数の角度から見た形を一つの画面上に組み合わせました。
キュビスムが変えたのは絵の見た目だけではなく、
「絵画は現実をどのように表すのか」
という考え方そのものです。
一言で表すなら、キュビスムは「見たままを写すのではなく、対象を分解し、新しい 秩序で組み立て直す絵画」といえるでしょう。

ピカソ「緑色の爪のドラ・マール」

「キュビズム」と「キュビスム」は違うのか


日本語では、次のような表記が使われています。
・キュビスム
・キュビズム
・キュービズム
いずれもフランス語の「cubisme」、英語の「Cubism」に由来し、同じ美術運動を指します。近年の国立西洋美術館などでは「キュビスム」という表記が使われていますが、過去の展覧会や一般向けの記事では「キュビズム」「キュービズム」も広く見られます。
このページでは、本文中の表記を「キュビスム」に統一します。

「キュビスム」という名前の由来

ブラック「レスタックの家々」

「キュビスム」という名称は、1908年にジョルジュ・ブラックが南フランスのレスタックで描いた風景画に由来します。

ブラックは、家や木、山などを単純な幾何学的形態に置き換えて描きました。その作品を見た批評家ルイ・ヴォークセルが、画面に描かれた形を「キューブ=立方体」と表現したことから、「キュビスム」という呼び名が広まりました。

ただし、キュビスムは、あらゆる物を立方体にして描く様式ではありません。名称のきっかけは「キューブ」でしたが、実際には円筒、円錐、曲面、直線、平面など、さまざまな形を用いて対象と空間を再構成しています。

キュビスムはいつの時代の美術なのか


キュビスムの年代は、どの範囲の画家を含めるかによって少し異なります。

狭い意味では、ピカソとブラックが密接に協力した1907年頃から1914年頃までを指します。二人は互いのアトリエを行き来しながら、作品を分解する分析的キュビスムや、紙を貼り合わせる総合的キュビスムを発展させました。
広い意味では、フェルナン・レジェ、フアン・グリス、ロベール・ドローネー、アルベール・グレーズ、ジャン・メッツァンジェらによる展開も含め、1907年頃から1917年頃までをキュビスムの主要な時代とする場合があります。
第一次世界大戦が始まった1914年には、ブラックをはじめとする多くの画家が動員され、芸術家や画商のネットワークも分断されました。そのため、戦前のキュビスムは次第に一つのまとまった運動としての勢いを失っていきます。

キュビスムはなぜ生まれたのか


伝統的な遠近法への疑問
ルネサンス以降の西洋絵画では、一つの固定された位置から見た空間を、遠近法や陰影によって立体的に表す方法が重視されてきました。
しかしピカソとブラックは、人が物を見るときには正面だけでなく、横や上からの形、過去に見た姿、触ったときの感覚など、複数の情報を同時に認識していると考えました。そこで、一つの視点に限定せず、異なる角度から見た形を画面の中で組み合わせようとしたのです。

セザンヌからの影響
キュビスムの形成に大きな影響を与えたのが、ポール・セザンヌです。
セザンヌは、自然や物を単純な形や色面として捉え、一つの画面の中にわずかに異なる視点を共存させました。ピカソとブラックは、セザンヌによる形態と空間の探究をさらに進め、対象を幾何学的な面へと分解していきました。

アフリカやイベリアの彫刻からの影響
ピカソは、古代イベリアの彫刻や、当時パリの民族誌博物館に展示されていたアフリカやオセアニアの造形にも関心を寄せました。
1907年の《アヴィニョンの娘たち》に描かれた仮面のような顔や、鋭く分断された身体表現には、こうした西洋外の造形との出会いが反映されています。同作品は完成されたキュビスム作品というよりも、伝統的な人物表現と空間表現を大きく揺さぶった、キュビスムの重要な出発点と位置づけられています。

セザンヌ「サント・ヴィクトワール山とシャトー・ノワール」(部分)

キュビスムの特徴


1 複数の視点を一つの画面に描く

キュビスムでは、対象を一つの角度からだけ描くとは限りません。
例えば、顔を正面から見た形と横顔の形、ギターを正面から見た輪郭と横から見た厚みなどが、一つの画面の中に組み合わされます。そのため、人物や物がねじれたり、割れたりしているように見えることがあります。

2 ものを幾何学的な面に分解する
人物、楽器、瓶、テーブルなどは、細かな直線、曲線、三角形、四角形などに分解されます。
ただし、単に物を壊しているのではありません。分解した形を画面上で再配置し、対象の構造や存在感を別の方法で表そうとしています。キュビスムにおいて重要なのは、「分解」と「再構成」が一組になっていることです。

3 絵画が平面であることを強調する
伝統的な絵画は、平らなカンヴァスの上に、奥行きのある空間が存在するような錯覚をつくってきました。
これに対してキュビスムは、奥行きを浅くし、物と背景を同じような面として扱いました。その結果、対象と周囲の空間が溶け合い、どこまでが物で、どこからが背景なのか分かりにくい画面が生まれました。

4 現実の手がかりを画面に残す
キュビスムの作品は一見すると抽象画のようですが、完全に対象を消しているわけではありません。
ギターの弦や音孔、瓶の口、グラスの脚、人物の目や鼻、新聞の文字など、何が描かれているかを推測できる手がかりが残されています。特にピカソとブラックは、文字や数字、新聞の題字などを画面に取り入れました。

5 新聞や壁紙などを作品に貼り付ける
1912年頃から、ピカソとブラックは、新聞紙、壁紙、色紙などを画面に貼り付ける実験を始めました。
本物の新聞紙や木目模様の壁紙を絵の中に入れることで、「描かれた物」と「現実の物」の境界を曖昧にしたのです。この方法は、パピエ・コレやコラージュと呼ばれ、20世紀美術の表現を大きく広げました。

キュビスムの三つの段階


キュビスムの発展は、一般に「初期」「分析的」「総合的」という段階に分けて説明されます。ただし、境目となる年代は研究者や美術館によって多少異なります。

初期キュビスム

およそ1907年から1909年頃
セザンヌの影響を受けながら、人物や風景を単純な立体や幾何学的形態に置き換えていった時期です。
ピカソの《アヴィニョンの娘たち》や、ブラックのレスタックの風景画が、この段階を代表します。まだ描かれた対象は比較的分かりやすく、形には彫刻のような重量感があります。

分析的キュビスム
およそ1909・1910年から1912年頃
人物や物を細かな面へと徹底的に分解し、その構造を分析するように描いた時期です。
茶色、灰色、黄土色、黒などに色彩を抑え、細かな面を画面全体に重ねていきました。対象と背景が複雑に結びつくため、何が描かれているのか判別しにくい作品もあります。

総合的キュビスム
1912年頃から1914年頃。広くは1917年頃まで
対象を細かく分解するのではなく、大きく単純化された形を組み合わせて、人物や物をつくり上げる段階です。
新聞紙、壁紙、色紙などを貼るパピエ・コレやコラージュが使われ、分析的キュビスムよりも形が明確になり、色彩も比較的豊かになりました。

分析的キュビスム

基本的な考え方: 対象を細かく分解して分析する    
画面     : 細かな面が複雑に重なる       
色彩       :茶色、灰色など抑えた色が多い    
素材       :主に油彩、木炭、鉛筆        
対象の判別性 :判別しにくいことが多い

総合的キュビスム

単純な形や素材を組み合わせる     
大きく平らな形が目立つ
比較的明るく鮮やかな色も使う
新聞紙、壁紙、色紙なども使用
手がかりが増え、比較的分かりやすい

覚え方・・・「分解するキュビスム」 「組み立てるキュビスム」

キュビスムでよく描かれたもの


キュビスムでは、瓶、グラス、果物、新聞紙、トランプ、パイプ、ヴァイオリン、ギター、マンドリンなど、テーブルの上に置かれた静物が数多く描かれました。人物画や肖像画も重要な題材です。

静物は動かないため、画家がさまざまな角度から観察し、形を分解したり組み替えたりするのに適していました。また、楽器の弦、瓶の口、新聞の文字などは、画面が複雑になっても対象を推測するための手がかりになります。
初期には風景画も描かれましたが、分析的キュビスムが進むにつれて、ピカソとブラックは室内の静物や人物を主要な題材とするようになりました。

代表的な画家


パブロ・ピカソ

ブラックとともにキュビスムを創始しました。《アヴィニョンの娘たち》で人物と空間を大胆に分断し、その後は分析的キュビスム、コラージュ、立体作品へと実験を広げました。

ジョルジュ・ブラック

ピカソと並ぶキュビスムの創始者です。レスタックの風景画が「キューブ」と評され、運動名の由来となりました。静物画を中心に、物と空間が入り交じる画面を追究しました。

フアン・グリス

ピカソとブラックの方法を、より整理された幾何学的構成へと発展させました。色紙や壁紙などを重ねた、明快で緻密な総合的キュビスムで知られます。

フェルナン・レジェ

円筒、チューブ、直方体などを組み合わせ、強い輪郭線と鮮やかな色彩によって、都市や機械の時代にふさわしい独自のキュビスムを展開しました。

ロベール・ドローネー/ソニア・ドローネー

形を分解するだけでなく、色彩と光の対比によって画面を構成しました。二人の表現は「オルフィスム」または「オルフィック・キュビスム」と呼ばれ、抽象絵画へと近づいていきました。

アルベール・グレーズ/ジャン・メッツァンジェ

公開展覧会でキュビスムを広めた「サロン・キュビスト」の中心人物です。1912年には二人の共著による理論書『キュビスムについて』を発表しました。

このほか、マルセル・デュシャン、フランシス・ピカビア、ロジェ・ド・ラ・フレネー、ディエゴ・リベラなども、キュビスムの方法を独自に取り入れました。彫刻では、アンリ・ローランス、ジャック・リプシッツ、レイモン・デュシャン=ヴィヨンらが、分解された形を立体へと展開しています。

キュビスムは抽象画なのか


キュビスムと抽象画は同じものではありません。
分析的キュビスムの作品は、対象が細かな面に分解されているため、抽象画のように見えます。しかし、多くの作品には人物、楽器、瓶、新聞など、現実の対象を示す手がかりが残されています。つまり、キュビスムは現実を完全に消したのではなく、現実を別の方法で表そうとした絵画です。
一方で、物の形を単純化し、絵画の平面性を強調したキュビスムの試みは、絵画が現実の物を描かなくても成立するという考えにつながりました。そのためキュビスムは、抽象絵画への重要な道を開いた運動とされています。

第一次世界大戦後への影響


キュビスムは、20世紀美術のさまざまな運動に影響を与えました。
対象を幾何学的な形へと変換する方法は抽象絵画へ受け継がれ、新聞紙や日用品を作品に取り込むコラージュの発想は、ダダやシュルレアリスムなどへと展開しました。絵画だけでなく、彫刻、建築、デザイン、装飾、舞台美術などにも影響が広がっています。
また、キュビスムはパリだけにとどまらず、ロシア、イタリア、チェコ、スペイン、メキシコ、日本など、各地の芸術家に受け入れられました。それぞれの土地で未来派、構成主義、抽象芸術などと結びつきながら、異なる表現へと発展していきました。

キュビスム作品の見方


キュビスムの作品は、最初から画面全体を理解しようとするよりも、次の順番で見ると分かりやすくなります。

知っている形を探す
ギターの弦、瓶の口、グラスの脚、目、鼻、新聞の文字などを探します。

別の角度から見た形を探す
正面と横、上と下など、異なる視点がどのように組み合わされているかを見ます。

物と背景の境界を見る
対象の輪郭がどこで消え、周囲の空間とつながっているかをたどります。

本物と描かれた物を見分ける
新聞紙や壁紙が実際に貼られているのか、絵の具で本物らしく描かれているのかを確認します。

分解型か組み立て型かを考える
細かな面が複雑に重なっていれば分析的、大きな形や貼り紙が目立てば総合的キュビスムの可能性があります。
キュビスムは、描かれた物をすぐに当てることよりも、画家がどのように現実を分解し、再び組み立てたのかをたどることに面白さがあります。

 

よくある疑問

 


Q キュビスムは、物を四角く描く画風ですか?

A 幾何学的な形は使われますが、単に物を四角く描く画風ではありません。複数の視点、形の分解と再構成、絵画の平面性などを通して、現実の表し方そのものを問い直した運動です。




Q キュビスムはピカソが一人でつくったのですか?

A いいえ。キュビスムは、ピカソとブラックの密接な交流によって生み出されました。その後、グリス、レジェ、ドローネー、グレーズ、メッツァンジェなど、多くの画家が異なる方向へ発展させました。



Q なぜ茶色や灰色の作品が多いのですか?

A 主に分析的キュビスムの時期、ピカソとブラックは色彩よりも形と空間の構造に集中するため、茶色、灰色、黒などに色を限定しました。総合的キュビスムになると、色彩は比較的明るくなります。


Q なぜ新聞の文字が描かれているのですか?

A 文字は、複雑な画面の中に現実の手がかりを残す役割を持っています。また、新聞紙そのものを貼ることで、「本物の紙」と「描かれた物」が同じ画面に存在する状態をつくり、絵画と現実の関係を問い直しました。


Q キュビスムとコラージュは同じものですか?

A コラージュはキュビスムから発展した重要な技法ですが、キュビスム全体を意味する言葉ではありません。分析的キュビスムは主に絵の具や木炭で描かれ、総合的キュビスムの段階で新聞紙や壁紙を貼るコラージュが本格的に使われるようになりました。

 

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