人生はいつどこでどんなチャンスがあるかわからない
~西誠人インタビュー(後編)
西先生の自宅にある日とつぜん降ってきた一匹の子猫、ちょうちん。
その日から西先生の人生は徐々に変わり始めました。
作家として生きるとはどのようなものか。日々どんなことを考えているのか。
インタビューの後編をお届けします。
運を呼び寄せる西家の招き猫たち
前編で話したとおり、私が猫を彫り始めるきっかけは、野良のメス猫「ちょうちん」が猫の手を貸しに来てくれたことでした。
ちょうちんは体には縞模様がなく手足にだけあったので、私は勝手にキジトラとアビシニアンのミックスだと考えていました。背筋の色が濃くなっているだけの単色だったので、まるで「模様のことは気にせず猫のかたちをとらえる練習をしてね」と言ってくれているようでした。
ちょうちんと出会ってから3年後、我が家に2匹目の子猫がやってきました。今回も道で出会った子猫で、結膜炎がひどくて完全に目がふさがっていたサバトラ白ブチのオス猫でした。病院に向かう道中、ちょうちんが受け入れてくれるか気がかりでしたが、心はすでに一緒に暮らすと決めていました。
この子は鼻筋がとがっていたので「トガリ」と名づけました。ちょうちんとは違って背中に大きな模様があって、それがひらがなの「と」にも見えました。ちょうちんで十分にかたちの練習をしたから「今度はボクで模様の練習をしなさいよ」と、彼も猫の手を貸しに来てくれたのです。悔しいことに8才9ヶ月で虹の橋を渡ってしまいました。
3匹目は、私が木彫りを教えている生徒さんが保護したキジトラです。「うちでは飼えないので」とお願いされたのです。その生徒さんは「にゃん太」と呼んでいたので、アナグラムで「ターニャ」と命名しました。ロシアの女性の名前みたいですが、オス猫です。
4匹目は三毛のメス猫です。真夏に保護した三毛猫なので、最初は「なつみ」にしようかと思ったのですが、ちょっとひねって「つなみ」にしました。2010年のことです。最初は動物病院でも「かわいい名前ですね」と言われていたのですが、その半年後に東日本大震災が起きてから、しばらくは大きな声で言えない名前になってしまいました。
ちょうちんは23歳まで長生きしてくれましたが、5年前に亡くなりました。トガリも早くに亡くなっているので、今はターニャとつなみの2匹がモデルになってくれています。
木彫作家として生きていくために
ときどき若い人から「どうやったら作品が売れますか?」という質問をされます。
努力するのはもちろん大事ですが、一つのことに固執するのではなく、自分がやりたいことを見つけるために、いろんなことをやってみたほうがいいと思います。そのときは違う道に進んだように感じるかもしれませんが、後から振り返ったときに、実は道がつながっていたと気づくことでしょう。
私自身は日本画から始まって、粘土造形や木版画を経て木彫を始めました。日本画の経験はデッサンや彩色の筆使いを、粘土は立体の捉え方を、木版は彫刻刀の動かし方を教えてくれました。
ちょうちんたちとの出会いも、キャット・カーヴィングを創出できたのも、初出品の公募展でグランプリを受賞できたのも、こうした流れがつながったからです。
どんな表現方法であれば自分の想いを形にできるのかを探してここまで来ましたが、一番大切なのは「好き」を持続することです。「好き」であれば苦労と感じずに続けられるからです。自分の「好き」を保つために、とにかく手を動かし続けることが大事です。
幸せの招き猫をあなたに
猫っていうのは、好きな人にとっては究極の癒しです。また、造形的に見ても耳が三角で、顔が丸くて、体が四角くてと、三拍子そろっているところも魅力的です。それなのに抱き上げたりすると餅のように伸びたり、箱にいれると液体のようにとろけるところもかわいい。
昔、展示会にいらっしゃったお客様から「私は猫は苦手で見るのも触るのも嫌なんだけど、あなたの猫はとてもかわいいわね」と言われたことがあって、それはうれしかったですね。
また、以前に大切な愛猫を亡くされたというお客様から、写真をもとにその猫の木彫りを作ってほしいというオーダーがありました。お手元に届いたとのお電話で「うちの子が帰ってきました」と涙ながらにおっしゃっていただいたときには、作家冥利に尽きると思いました。
人の感覚は千差万別ですが、私がいいと思ったものを同じようにいいと思ってくださるたくさんのお客様に支えられて今日まで来られました。本当にありがたいことです。
私にとって猫たちは天から与えられた招き猫として、本当に幸運をもたらしてくれました。現実の猫や彫刻の猫が、あなたにも幸せを招いてくれるよう祈っています。
猫たちから与えられたやすらぎや癒しを作品に込めて、いろんな方へお届けできるようにこれからも励みます。
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