アートコラム

表現の不自由展から、アートと政治について考える

2019/08/23

3年に1度開催される現代アートの祭典「あいちトリエンナーレ」が話題です。
ジャーナリストの津田大介氏を芸術監督に迎えた2019年のあいちトリエンナーレは、参加作家の数を「男女平等」に選考するなど、政治性の強いイベントになりました。
その中の一展示である「表現の不自由展」が、昭和天皇の写真を燃やす映像や、旧日本軍の「従軍慰安婦」を想起させる少女像などを展示していたため、撤去を求める脅迫やテロ予告が相次ぎ、わずか3日で展示中止になりました。
しかしながら、この展示中止に対して今度は「表現の自由」に対する「検閲」だとの声が大きくなり、あいちトリエンナーレの参加作家が多数、抗議の意味で参加辞退を申し出るなど、前代未聞の状況になっています。

 

そもそも騒動は覚悟のうえだった?

あいちトリエンナーレ2019の「表現の不自由展」は、正式名称を「表現の不自由展・その後」と言います。
タイトルに「その後」とあるように、もともとの「表現の不自由展」は別に存在しました。
それは2015年に東京のギャラリーで有志によって開催されたものです。同展は公立美術館などで撤去や展示中止の要請を受けた作品ばかりを集めたもので、アートにおける「表現の自由」を考えてもらうのが目的の展示でした。
昭和天皇の肖像をコラージュした大浦信行『遠近を抱えて』も、「慰安婦」をイメージさせる『少女像』も、2015年の「表現の不自由展」ですでに展示されていたものです。
2015年の同展が問題にならなかったのは、抗議をする人の目に留まらなかったからでしょう。しかし、あいちトリエンナーレのような大きなイベントで同じ展示を行えば、当然、テレビや新聞などのメディアで報道されますし、そうなれば多様な意見を持つ人の目に多く触れることになります。
批判やクレームは、あらかじめ予測できたはずで、それに対して何らかの対策を打っておくべきだったとの意見も見られます。ですが、あらかじめこの事態を正確に予測していたら、最初から展示をしない方向で話は進んでいたでしょう。
この騒動は「表現の自由」と「政治」をめぐる日本の現状を浮かび上がらせるもので、わずか3日での展示中止も含めて、後世に語り伝えられる事件になりました。
世間の耳目を集めて、私たちに考えるきっかけを与えたという意味では、大きな意味があったと思います。

 


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アートと政治の微妙な関係

今回の騒動に火を注いだのは、何人かの政治家の発言でした。
あいちトリエンナーレには「協賛・協力」として文化庁がクレジットされていたことから、内閣官房長官が公的資金の使途に疑問を呈し、それに対して津田大介芸術監督が、政治家による「検閲」であると反発したことから議論が沸き起こりました。
展示に批判的な名古屋市長と、展示を擁護する愛知県知事とのライバル政治家同士の舌戦もあり、メディアの報道も過熱しました。
津田大介芸術監督がもともと政治的な発言をすることが多く、左翼的な活動を積極的に行っていたことにも批判がありました。アートは「美」を享受するものであり、「政治」的な振る舞いからは遠くあるべきだとの意見を持つ人がいるからです。
しかし、アートと政治を完全に分離することは困難です。
そもそも、何を「美」とするかの基準は優れて政治的な問題です。
あいちトリエンナーレの「表現の不自由展・その後」は、2015年の「表現の不自由展」の続編とも言うべきものでしたが、実はさらにその源流とでも言うべきものがありました。
1963年に千円札を片面印刷した作品を作って有罪判決を受けた赤瀬川原平が、その判決に抗議するために開催したのが、最初の「表現の不自由展」でした。
「千円札の印刷や模写は美術だ」と考えた赤瀬川原平に対して、行政や司法が「政治的に美術とは認められない」と突き付けたからです。東京地裁では「言論・表現の自由は無制限にあるものではない」という判決文が出されました。
ですから美を追求する「表現の自由」を守るために、アーティストは、しばしば政治的な闘争を強いられてきました。

 

政治的な絵を描いたピカソ

特に動乱が長く続いたスペインでは、画家も政治とは無縁でいられませんでした。
スペインは1936年から右派と左派が対立する内戦が始まり、勝利した右派のフランシスコ・フランコによる独裁政権が1939年から1975年まで続きました。
内戦当時、フランコら右派を支援したのがドイツやイタリアなどのファシズム国家であったこともあり、戦後のフランコ政権は、アメリカやイギリスなどの民主主義国家から好意的な扱いを受けませんでした。
特に批判されたのが、内戦中の1937年に、ドイツ空軍の助けを借りて行ったゲルニカの爆撃です。「史上初の無差別空爆」とも呼ばれるゲルニカ爆撃によってフランコ軍はこの地を制圧しましたが、多数の民間人の犠牲者も出しました。
共産党員だったピカソは、スペイン内戦では左派を応援していましたから、ただちにゲルニカ爆撃を批判する大作『ゲルニカ』を制作しました。
この作品は極めて政治的な意図をもって作られたものですが「美術」の名作として多くの人に愛されています。
なお、後にピカソの住むパリはドイツ軍に占領されます。『ゲルニカ』を見たドイツの役人がピカソに「お前が作った絵か?」と訊ねたとき、ピカソは「お前たちが作った(惨劇の)絵だ」と言い返したそうです。

ピカソ『ゲルニカ』1937年

 

政治には興味のなかったダリ

ピカソと並ぶスペイン三大巨匠のダリやミロも、フランコ政権の影響を受けました。
ダリとミロは、かつて独立国であったカタルーニャ地方の出身です。カタルーニャは、国家主義者のフランコ政権のもとで、カタルーニャ語の公的使用が禁止されるなど辛酸をなめました。
ダリはマドリードの美術学校で詩人のフェデリコ・ガルシア・ロルカと親友になりますが、このロルカは内戦の最中に、フランコの組織した軍隊に捕えられて銃殺されます。38歳の若さでした。当時パリに住んでいたダリは、親友ロルカの死の知らせに絶句したと言われています。
共産主義を支持するロルカの作品はフランコ政権下では発禁処分となりましたが、このロルカの詩にメロディーをつけて歌った、反体制的なシンガーソングライターがいました。フランスに亡命したスペイン人のパコ・イバニェスです。
フランコ政権に反対して、政治的な歌を作り続けたパコ・イバニェスは、1964年にダリの支援を受けてデビューアルバムを発表しました。
とはいえ、共産主義もファシズムも共に茶化すような絵を描いていたダリは、強固な政治的信念とは無縁で、純粋に美を追求するアーティストでした。
そのため、シュルレアリスムグループにいたときは、リーダーのブルトンに合わせて共産主義を応援していましたが、後年にスペインに戻った後は、政権に逆らわず、フランコの要請に応えて孫娘の絵を描いてあげたそうです。
本来は政治に興味のなかったダリですら、政治に振り回されたのが20世紀という時代だったのです。

 

ミロは故郷愛から政治に向かった

パコ・イバニェスとともに、フランコ政権に反対する反体制ソングを歌い続けたのが、スペインのシンガーソングライターのライモンです。
カタルーニャの詩人であるサルバドール・エスプリウの詩に感銘を受けたライモンは、その詩にメロディーをつけて、1966年に全編がカタルーニャ語のアルバムを発表しました。
このアルバムのジャケットを描いたのが、カタルーニャの画家であるミロです。
ミロは政治的な発言を極力避ける穏やかな画家でしたが、故郷のカタルーニャへの愛情は強く、カタルーニャ語の復権を望んでいました。

Salvador Espriu / Raimon『Cançons De La Roda Del Temps』1966年(ミロ)

スペインには、カスティーリャ語、カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語という主な言語が4種類あります。
公用語であるカスティーリャ語に対し、フランス語に近いカタルーニャ語、ポルトガル語に近いガリシア語、どれにも似ていないバスク語は、地方言語として迫害されてきました。日本でいえば沖縄やアイヌの言葉のようなものです。
その後もカタルーニャ語で歌を歌い続けるライモンは、フランコ政権に対するレジスタンス・ソングの歌い手として愛されています。
ちなみに「ジョアン・ミロに捧ぐ」などの曲も作っているライモンは、1979年のアルバムでもミロにジャケットデザインをしてもらいました。

Raimon『Quan L’aigua Es Queixa』1979年(ミロ)

 

アートは多様な表現を包摂していますから、その中に政治的な表現があってもよいと思います。しかし、政治的なメッセージの良し悪しと、アートとしての良し悪しは別です。アートとは何よりも「美」であることを忘れてはならないと思います。

 

 

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