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芸術家にとってタブーとは何か
~赤瀬川原平偽札事件とバンクシーのニセ紙幣

2018年、東京都港区の防潮扉にネズミの絵が見つかったことで騒がれているバンクシー。 本人が声明を出さないので真贋が争われているこの絵は、しかしバンクシー写真集に掲載の2003年に東京で描いたとされる作品にそっくりなことと、都職員が10年以上前からあると証言したことから、真作の可能性が高まっています。東京国立近代美術館の館長も本物かもしれないと保護を都庁に勧めているそうです。 さらに2019年には、世界三大博物館の一つとして知られる大英博物館(ブリティッシュ・ミュージアム)に、バンクシー作品が所蔵されることになりました。その作品とはイギリスの10ポンド紙幣のエリザベス女王の肖像部分を、離婚して王室から出ていったダイアナ元妃の顔に差し替えた偽札。上部の「バンク・オブ・イングランド」を「バンクシー・オブ・イングランド」と書き換えてあります。50部限定で制作された初版は、今では取引価格が1000万円を超えました。紙幣を模倣することも、王室をいじることも、どちらもタブーに触れそうな挑発的行為ですが、それをあえて行うのが前衛芸術家バンクシーの面目躍如です。このような作品の芸術性について、実は日本では裁判で争われたことがあるのです。

2018年まで使われたイギリス旧10ポンド紙幣見本(エリザベス女王)
バンクシー「ダイアナ元妃の顔の10ポンド紙幣」2004

 

紙幣を印刷したら捕まった?

日本で紙幣を模倣した芸術作品を作ったのは、前衛芸術家の赤瀬川原平です。1963年に赤瀬川が発表した作品『復讐の形態学(殺す前に相手をよく見る)』は、当時は聖徳太子の肖像画であった千円札を、200倍に拡大模写したものです。印刷機ではなく手書きでの模写であり、大きさもまったく異なっていたため、この時点ではさほど問題になりませんでしたが、紙幣を模写するという行為にはどこか禁忌を冒しているような感覚があります。

1965年まで使われた聖徳太子の旧1000円札(出典:日本銀行ウェブサイト)

 

さらに赤瀬川は、今度は千円札の表だけを一色刷りで実物大に印刷して、裏に自分の個展の案内を刷って、ダイレクトメールとして現金書留で発送します。「お車代」という洒落のつもりだったのかもしれません。一色刷りで表だけを印刷しても、裏が違えばすぐに本物の紙幣ではないとわかります。また、現金ではないものを現金書留で送ることも自由ですから、もちろん赤瀬川は罪に問われることはないと考えていました。しかし結果的に、この千円札の表側だけを印刷した「作品」は「実物大の千円紙幣に紛らわしい外観を有する」として、赤瀬川原平と印刷業者2名は「通貨及証券模造取締法」違反で検挙されてしまうのです。多くの前衛芸術家が赤瀬川原平を擁護し、約1年にわたった刑事裁判の第一審は、有罪の判決となりました。高裁と最高裁への上告も拒否され、赤瀬川は懲役3カ月(執行猶予1年)、印刷業者はそれぞれ懲役1カ月(執行猶予1年)そして印刷に使った原版は没収の判決が確定しました。 「通貨に対する社会の信用を害する危険性」は「表現の自由」に勝るとされたのです。

 

天皇陛下の写真の引用はNG?

日本では天皇陛下が、イギリスのエリザベス女王にあたります。こちらは芸術作品にむやみに引用すると、何かと問題が起こりがちです。1986年、富山県出身の美術家の大浦信行は、富山県立近代美術館の企画展「富山の美術」に招待され、版画作品『遠近を抱えて』シリーズ14点を出展しました。この作品は、昭和天皇の顔写真などの図像がちりばめられた挑発的なものでしたが、美術館は展覧会終了後に同作品を購入することを決めました。これに対しとある県会議員から「不快である」との抗議があり、マスコミに報道されるとともに右翼団体が騒ぎ、最終的に県立美術館は、同作品の売却と同展覧会の図録の焼却処分を決めました。 1994年、作者の大浦信行と関係者は、「表現の自由」や「知る権利」、「鑑賞する権利」が侵害されたとして、富山地裁に国家賠償請求訴訟を起こしました。 1998年の地裁判決では、作品の非公開が違法とされるなど原告側の主張が一部認められましたが、2000年の高裁判決では原告の請求はすべて退けられました。最高裁への上告も棄却され、判決は確定しましたが、それまでに15年もの年月が経っています。 その後、『遠近を抱えて』は、2008年にニューヨークと東京で開催された「アトミック・サンシャインの中へ 日本国平和憲法第九条下における戦後美術」展で展示されましたが、同展覧会が沖縄県立美術館に移動した際には、美術館の「教育的配慮」により展示拒否の憂き目にあっています。 紙幣と皇室は、戦後日本の美術界における二大タブーといってよいでしょう。

 

タブーに挑んだ作家への評価は?

赤瀬川原平『超芸術トマソン』

その後、赤瀬川原平は過激な前衛芸術の制作をやめて、尾辻克彦名義で小説を書いて芥川賞を受賞したり、路上観察学会を立ち上げて「超芸術トマソン」を提唱したりと、多彩な才能を見せてくれました。2014年に亡くなった後も、その作品は残り続けています。

 

大浦信行『靖国・地霊・天皇』

大浦信行は映像作家として活躍し、美術評論家の針生一郎をフィーチャーした『日本心中』シリーズ、右翼作家・見沢知廉の伝記映画『天皇ごっこ』、靖国参拝問題を扱った『靖国・地霊・天皇』など、一貫して皇室と日本にこだわった作品づくりを続けています。

 

バンクシーは現在も正体不明のアーティストとして活動を続けています。 ある美術品仲介サイトが「イギリスの代表に相応しいのは誰か?」というアンケート調査を行ったときに、エリザベス女王という回答が42%あったのに対し、バンクシーが相応しいという回答は53%にのぼったそうです。その理由としてあげられたのが「政治への挑戦的姿勢」でした。タブーに挑むことは芸術家としての評価を高めることになるのでしょう。

 

美術史を振り返れば、印象派のラフな筆致も、キュビスムの三次元へのまなざしも、ことごとく常識への挑戦でした。その流れの先に現代アートがあるのだとすれば、バンクシーもいつかは美術史の中の人となるのは間違いないでしょう。

 

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