美しいと思うあなたが美しい
~西岡文彦書き下ろしコラム~

鑑賞は創造であると説いた民芸の父

柳宗悦『どうしたら美しさがわかるか』
(雑誌「工芸」昭和12年2月号)
ラジオ放送の内容を掲載。
手漉き和紙に活字印刷の跡が美しく残る一冊です。

 

美は見方の美しさの反映である、とは、私の師匠の師である柳宗悦の言葉です。
柳といえば、日々の生活を彩る道具や器の美を説く民芸運動の父として知られますが、じつは彼は近代日本の西洋美術鑑賞のパイオニアでもありました。
日本に届いた初の西洋近代彫刻とされるロダン作品を横浜税関で受け取ったのは柳であり、西欧に先駆け日本に熱烈なゴッホ・ブームを引き起こしたのも、彼が雑誌「白樺」に発表した論文でした。
その柳はNHKのラジオ番組で、どうしたら美しさがわかるようになるのですかという質問に、美しさとは見る人の見方の美しさの反映なのです、と答えています。
野に咲く花を見て美しいと思うのは、見る人の自然を愛し季節をいつくしむ思いの反映であり、赤ん坊が顔をしわくちゃにして泣くのを見て愛くるしく美しいと感じるのは、見る人が幼い命をいつくしんでいることの証に他ならないというわけです。

 

《睡蓮 池》アクリル 20号
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人がなにかを美しいと思うのは、本人の見方の美しさが映し出されているからであり、そういう意味では、野に咲く花から美術館を飾る名画まで、美しいものに心を動かすのは、それ自体が美的な表現であるということにもなります。
柳は先のラジオ番組で、鑑賞は常に創作であると説いています。
美を鑑賞することを、文章を綴ったり絵画を描いたりすることにも通じる創造的な行為と見なしていたからこそ、柳は民芸の美を生活に見い出すことの喜びを説き、ロダンやゴッホの美を西欧に見い出すことの感動を綴り続けたのです。
書家で詩人の相田みつをも、「うつくしいものを美しいと思えるあなたの心がうつくしい」という書を残していますが、彼の詩の親しみやすさは、柳が暮らしのかたわらに見い出した民芸に通じるものがあり、その力強い書風には、柳が近代日本を熱狂させたゴッホのタッチに通じるものがあります。
美学者の柳と書家詩人の相田は、その美学において深く通じていたように思われます。

 

暮らしのかたわらを彩るアートを求めて

西岡文彦『花の調べ』2026 部分
小学生の頃に見て、野を彩る絵の具のように見えた
花の美しさを表現できればと思いながら制作しています。

 

私が、なにかを見て美しいと思う感覚を初めて自覚したのは小学生の頃だったと思います。
西岸良平の漫画『三丁目の夕日』の時代に育った私の遊び場はいわゆる「原っぱ」で、そうした野原や通学路沿いの生け垣に咲く花を見て、絵の具のようにきれいだなと思ったのを覚えています。
柳の言葉ではありませんが、花を見てきれいだと思った小学生の私の心は、確かに今の私よりはずいぶんときれいだったように思います。
ちなみに、花を見て「絵のようにきれいだ」とは思わず、「絵の具のようにきれいだ」と思ったのは、幼い頃から絵が好きで、学校でも美術の授業以外は身の入らない落ちこぼれの生徒だったからでしょう。
絵を見るのも好きでしたが、絵の具をこねくり回している時間は、いろいろとつらいことを忘れられるシェルターのような時間でもありました。
私に限らず、人がなにかを美しいと思う感情は、自身がその時に大切にしているものと切っても切れない関係にあるように思われます。

 

《花の調べ》アクリル 4号
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柳は、鑑賞こそ創造だと説きましたが、なるほど小学生だった私も、花の美しさに魅入られている時は、絵の具をこねくり回している時にも似たクリエイティブな時間の内に、自分の安心できる居場所を見い出していたのかも知れません。
絵に限らず美しいものを見い出し、自分のかたわらに置きたいと願う人の心に宿るクリエイティブな思いは、そうした居場所を指し示す磁針であるのかも知れません。
現代におけるアートには、強烈な個性による作者の自己主張が求められがちですが、私は頭が古いせいか、日本古来の花鳥風月を描く室内美術や柳宗悦の説いた民芸のように、暮らしのかたわらを彩る美術に強く惹かれます。
日々の暮らしを愛でる人のかたわらに置いてもらい、なにかを美しいと思う自身の思いを介して自身の大切なものいつくしむ人のかたわらで、そうしたクリエイティブな時間を分かち合えってもらえるような作品こそが、私が理想としているアートのありようだといえます。
道はまだまだ遠いですが、野の花を見て絵の具のように美しいと思った小学生の私を見習いながら、精進を続けようと思っています。

 

西岡文彦

 

 

西岡文彦

1952年山口県生まれ。多摩美術大学名誉教授、版画家。
民芸運動の提唱者・柳宗悦の弟子である森義利に師事し、伝統技法「合羽刷」を継承。
版画家として国内外で活動する一方、美術書の執筆やテレビ番組の監修・出演など幅広く活躍。
『アートがわかる!』(岩波ジュニア新書)『柳宗悦の視線革命』(東京大学出版会)など著書も多数。

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