童心に帰る、ミロの不思議な世界~銅版画《月下のピグミー》

ジョアン・ミロは、私の好きな画家の一人です。
ミロの作品を見ていると、不思議と肩の力が抜け、子どもの頃のように自由な気持ちになれます。
鮮やかな赤や青、力強い黒い線、そして月、鳥、女性といった独特の記号的なモチーフ。
何かを理解しようと構えるのではなく、ただ眺めながら想像を遊ばせることができる
私はそこに魅力を感じます。
今回ご紹介する銅版画《月下のピグミー》も、私が「これはいい作品だな」と素直に感じた一枚です。

いつまでも手元に置きたくなる、ミロの版画

ミロ《月下のピグミー》
1972年 銅版 HC
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作品の良し悪しを説明するとき、美術商ですから、作家の評価や制作年代、技法、希少性、市場性など、さまざまなことを考えます。
しかし、それ以前に一人の絵を見る人間として「好きだな」「手元に置いて眺めていたいな」と感じることがあります。
《月下のピグミー》は、私にとってまさにそんな作品です。

 

一見すると、子どもの落書きのようにも見える自由な線
しかし、よく見ると、その線一本、形ひとつ、余白の取り方まで実に絶妙です。
無邪気に見えて、決して無造作ではない
単純に見えて、見るたびに何か新しいものが現れてくる。
この「自由さと緊張感が同居しているところ」に、ミロのすごさがあるのだと思います。
そして、そんなミロの魅力が最も純粋なかたちで表れた分野のひとつが、版画でした。

線が息づく——銅版画が紡ぐ、その瞬間

作品右側の接写

ミロにとって版画は、油彩画を複製するための手段ではありませんでした。
版画でしか生み出すことのできない線、滲み、掠れ、凹凸、インクの重なりを追求する、まったく独立した表現の場だったのです。
エッチング、アクアチント、リトグラフ、木版。
ミロはさまざまな技法に挑み、それぞれの特性を自分の表現へと取り込んでいきました。
特に銅版画では、版を刻み、腐食させ、そこにインクを詰め、強い圧力をかけて紙に刷り上げます。
その物理的な工程そのものが作品の表情をつくり、油彩にはない鋭い線や独特の質感を生み出します。
私は《月下のピグミー》を見ていると、ミロがそうした銅版画という技法そのものを楽しんでいるように感じます。
線が生きているのです
計算され尽くした線というより、何かが動き出す偶然の瞬間を、そのまま紙の上に捕まえたような線です。

作家・職人・文化の共鳴。時代を超えて受け継がれるミロ芸術

作品を飾った様子①

ミロは版画制作において、インクの滲みや版の傷、予期しなかった刷りの変化といった偶然性さえも味方につけました。
失敗として消してしまうのではなく、そこに面白さを見つけて作品へ取り込んでいく。
その姿勢も、いかにもミロらしいと思います。
もちろん、こうした高度な版画制作は一人では成り立ちません。
ミロはパリの名工房や優れた刷り師たちと密接に仕事をしました。
作家と職人が互いの技術や発想をぶつけ合うことで、版画を単なる複製技術ではなく、一つの独立した芸術表現へと高めていったのです。

 

そして、ミロの版画を語るうえでもう一つ欠かせないのが、文学や詩との結びつきです。
ミロはアンドレ・ブルトントリスタン・ツァラポール・エリュアールなど、同時代の詩人たちと深く交流し、詩と版画が響き合う挿画本を数多く制作しました。
考えてみれば、ミロの絵そのものが非常に詩的です。
夜空に浮かぶ青い三日月、鳥のような形が飛び、奇妙な生き物が動き出す。
何が描かれているのかを、ミロはすべて説明してくれません。そこがいいのです。

日々にときめきを運ぶ《月下のピグミー》

ミロによる直筆サイン

今回の《月下のピグミー》という題名も、私はとても好きです。
「月下のピグミー」この言葉を聞いただけで、何か物語が始まりそうではありませんか。
月の光の下に現れる小さな存在。
それは人なのか、精霊なのか、それともミロの頭の中だけに棲んでいた不思議な生き物なのか。
答えはありません。
だから見る側が自由に想像できる。
私は、この作品を眺めながら「あれは何だろう」「こちらの形は何に見えるだろう」と考えている時間そのものが楽しいのです。
ここに、ミロ作品を所有する大きな魅力があると思っています。
有名な画家の作品を一枚持つ、というだけではありません。
自宅の壁に掛けて、毎日見る。
朝見るのと夜見るのでも印象が違うかもしれません。
昨日まで気づかなかった線が、ある日突然、鳥のように見えるかもしれない。
何となく気持ちが沈んでいる日に眺めたら、この自由な線に少し救われることもあるでしょう。
そういう作品は、長く付き合えます。

ミロが追求した版画芸術

作品を飾った様子②

私は絵を販売する仕事を長く続けていますが、所有するなら、こういう「何度見ても飽きない、見るたびに新たな発見がある作品」がいいと思っています。
ミロにとって版画は、自らの芸術をより多くの人へ届けるための重要な表現でもありました。
油彩の一点物は、どうしても所有できる人が限られます。
しかし版画なら、作家本人が制作に深く関わり、限定部数を決め、サインを入れながら、世界各地のコレクターへ作品を届けることができます。
そしてミロは、版画だからといって表現に妥協することはありませんでした。
むしろ版を刻むこと、インクをのせること、紙に刷ることから新しい表現を引き出そうとした。
だからこそ、ミロは油彩画の巨匠であると同時に、20世紀を代表する版画芸術家の一人として国際的に評価されているのです。

見れば見るほど好きになる、究極の一枚

ミロ《月下のピグミー》

美術館で見るミロももちろん素晴らしい。
しかし、自分の部屋に掛け、毎日の生活の中で見るミロには、それとはまったく違う楽しみがあります。
何十年も前に生まれた作品なのに、今見ても古びていない。
それどころか、見る人の想像力によって、今日も新しい物語をつくってくれる。
《月下のピグミー》は、私自身が「できれば毎日眺めていたい」と思えるミロです。
作品についていろいろと説明してきましたが、最後はやはりそこなのかもしれません。
理屈を知る前に、まず見ていて楽しい。
そして、見れば見るほど好きになる。
そんな一枚を暮らしの中に持てることこそ、アートを所有する一番の喜びではないでしょうか。

 

翠波画廊 髙橋芳郎

 

 

翠波画廊代表 髙橋芳郎

株式会社ブリュッケ(翠波画廊)代表取締役。
美術大学卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。 2001年、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。
以降長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等フランスの近代巨匠から、
ウォーホル、キース・へリング等現代アートまで幅広く扱う。

 

 

《新入荷作品のご紹介》

ミロ《月下のピグミー》1972年 銅版
画寸:53.7×68.4cm(縦×横)
額寸:92x104cm(縦×横)
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