長谷川潔 KIYOSHI HASEGAWA

現代社会の喧騒から離れ、漆黒の深遠なる幻想世界へ
1891年に生まれた長谷川潔は、89歳で逝去するまで、その生涯のほとんどをフランスで過ごし、銅版画の制作と発表を続けました。誰も試みなかったマニエール・ノワール
(メゾチント)を制作したことで、フランス画壇に認められ、その名を知られていきます。その後、数々の賞を受賞し、作品はルーヴル美術館やフランス文部省が購入するなど、
着実に地位を高めます。
1975年には、フランス国立貨幣・賞牌鋳造局において葛飾北斎、藤田嗣治に続く日本人画家の3人目として肖像を浮彫したメダルが鋳造されました。
現在も世界中にファンを持つ長谷川潔の作品から醸し出される崇高な精神と深い静寂が、日常の喧騒を忘れさせ、お部屋を心地よい空間へと誘います。

 

玲風書房刊のカタログレゾネ

長谷川潔が生前に作ったオリジナル銅版画をご紹介しています。
ぜひ画廊にて作品をご覧ください。

No.341に掲載(小鳥と魚の友愛)

 

モチーフの意味
長谷川潔の銅版画で描かれるモチーフには、 それぞれに込められた意味があります。

 

<例>
小鳥 → エスプリ(精神)
ガラス球 → 宇宙、完全
ツタの葉 → 忠実、真心
バラの花 → 愛
砂時計 → 時

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込められた想いを想像して作品を鑑賞することで、違った見方が生まれ、より深い精神性を感じることができます。

 

 

翠波画廊では、長谷川潔作品の買取も行っております。長谷川潔作品の売却をお考えの方は、ご相談ください。

買取査定は無料です。メール、電話などお気軽にお問い合わせください。

絵画買取はこちら >>

 

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絵画選びは翠波画廊スタッフにご相談ください

 

お部屋に何か作品を飾りたいのだけど初めてで選び方がわからない方、贈り物にどのような絵を選んだら良いのだろうなど、お客様の疑問や不安などを懇切丁寧に解消し、安心してお買い求めいただけるよう経験豊富なスタッフが精一杯お手伝いさせていただきます。

まずはお気軽にお問い合わせください。

 

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長谷川潔
KIYOSHI HASEGAWA

現代社会の喧騒から離れ、漆黒の深遠なる幻想世界へ
1891年に生まれた長谷川潔は、89歳で逝去するまで、その生涯のほとんどをフランスで過ごし、銅版画の制作と発表を続けました。誰も試みなかったマニエール・ノワール
(メゾチント)を制作したことで、フランス画壇に認められ、その名を知られていきます。その後、数々の賞を受賞し、作品はルーヴル美術館やフランス文部省が購入するなど、
着実に地位を高めます。
1975年には、フランス国立貨幣・賞牌鋳造局において葛飾北斎、藤田嗣治に続く日本人画家の3人目として肖像を浮彫したメダルが鋳造されました。
現在も世界中にファンを持つ長谷川潔の作品から醸し出される崇高な精神と深い静寂が、日常の喧騒を忘れさせ、お部屋を心地よい空間へと誘います。

 

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長谷川潔が生前に作ったオリジナル銅版画をご紹介しています。
ぜひ画廊にて作品をご覧ください。

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モチーフの意味
長谷川潔の銅版画で描かれるモチーフには、 それぞれに込められた意味があります。

 

<例>
小鳥 → エスプリ(精神)
ガラス球 → 宇宙、完全
ツタの葉 → 忠実、真心
バラの花 → 愛
砂時計 → 時

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込められた想いを想像して作品を鑑賞することで、違った見方が生まれ、より深い精神性を感じることができます。

 

 

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作品一覧Work List

長谷川潔略歴Biography

1891年 長谷川潔、神奈川県久良崎郡(現神奈川県横浜市)に生まれる
1911年 葵橋洋画研究所、翌年に本郷洋画研究所にて黒田清輝や岡田三郎助ら師事
1913年 日夏耿之介らの同人誌「聖盃」の表紙を担当。この頃より銅版画の制作を始める
1916年 永瀬義郎ら共に最初の版画グループ「日本版画倶楽部」結成
1918年 銅版画技法習得のためアメリカ経由で渡仏
1919年 木口木版画、リトグラフ、銅版画などあらゆる版画の技術を研鑽する。
1921年 モンマルトルの絵具商ココオズで偶然デュフィに会い、以後交友する。
1922年 この年、初めてリトグラフ(石版画)を制作する。マニエール・ノワール技法(メゾチント)に用いるイギリス製のベルソーを手に入れる。
1924年 独立画家版画家協会にデュフィのすすめで入会。マティス、ピカソ、シャガールなどと並んで、1935年解散するまで毎年作品を発表。マニエール・ノワール(メゾチント)を苦心研究、近代的表現を持って復興、また誰も試みなかった純粋の風景画をマニエール・ノワール(メゾチント)で制作し、長谷川潔の名は次第にフランス画壇に認められる。
1926年 フランスで長谷川潔、初個展。サロン・ドートンヌ版画部会員となり、フランス画壇で確固たる地位を築く。
1930年 「航空と美術」国際展(パリ)に銅版画出品、航空大臣1等賞獲得
1935年 フランス政府よりレジヨン・ドヌール勲章授与
1938年 パリ市へ「アレキサンドル三世橋とフランス飛行船」(1930)寄贈する。
1945年 第二次世界大戦末期、パリの中央監獄とドランシーの収容所に監禁される。
1951年 ルーヴル美術館が、2点のビュラン彫りの作品の特別刷と原版を買い上げる。作品はフランス文部省が購入。
1960年 サロン・ナショナル・デ・ボザール版画賞受賞。
1964年 フランス芸術院通信会員推挙
1966年 フランス文化勲章受章。現代日本美術展特賞受賞。
1967年 勲三等瑞宝章受章
1968年 東京の大丸百貨店、京王百貨店にて長谷川潔展を開催。
1975年 フランス国立貨幣・賞牌鋳造局において葛飾北斎、藤田嗣治に続く日本人画家の3人目として肖像を浮彫したメダルが鋳造される。
1980年 京都国立近代美術館で自選作品160点による長谷川潔展が開催される。長谷川潔、一度も日本に帰ることなくパリにて逝去。享年89歳

電話 : 03-3561-1152

平日・土曜 10:00〜18:00E-mail : info@suiha.co.jp