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なぜアートは「特異なアセット」なのか
~市場で取引される作品だけに起こる現象(前編)

アートを資産として語るとき、まず確認しておきたいことがあります。
それは、すべてのアートが資産になるわけではないという事実です。
市場で継続的に取引され、美術史的評価が確立し、二次市場で繰り返し売買されてきた作品。
こうした「限定されたアート作品」だけが、結果として資産的性質を帯びます。
私が長年画廊の仕事に携わる中で確信しているのは、市場で取引されるアート作品には、他の金融資産や不動産とは根本的に異なる構造があるということです。

アートが資産になる3つの特異性①稀少性

マティス《ヌジーの肖像》1942年 ペン、墨
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第一の特異性は「供給が増えない」という点です。
株式は増資によって増やすことができますし、不動産は需要があれば新築が可能です。
金でさえ採掘量を増やすことができます。
しかし、物故作家の作品は新たに生まれることがありません。
需要がどれほど高まっても供給は一切増えない。
この「供給が固定されている」という構造こそが、アートの第一の特異性です。

アートが資産になる3つの特異性②唯一性

藤田嗣治《少女像》油彩
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第二の特異性は、アート作品は「代替が効かない」ということです。
株式には同業他社があり、不動産には近隣物件があります。
金は同じ純度であれば同一価値です。
しかしアートは違います。
同じ作家、同じ年代、同じサイズであっても、「この作品の代わり」は存在しません。
価格は一点ごとに決まり、その都度、市場の合意によって成立します。

過去のオークションレコードを見ても、歴史的高額取引はすべて一点物の作品です。
代替不能性があるからこそ、価格は個別に形成されるのです。

アートが資産になる3つの特異性③理論価格が存在しない

アンディ・ウォーホル《ミック・ジャガー 142》
1975年 シルクスクリーン 250部
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そして、「理論価格が存在しない」ことこそが、アートが資産となる第三の特異性です。
株式は企業業績を基に評価されます。
不動産は賃料などの収益価値で価格が決まります。
しかしアートには利息も配当もありません。
キャッシュフローが存在しない以上、「適正価格」を数式で算出することはできません。
だからこそ、市場の誰かが「それでも欲しい」と合意した瞬間、価格は更新され続けます。
アート作品が単一の取引対象として歴史的高額を記録してきた理由は、ここにあります。

 

近年、世界的に富裕層は増え続けており、株式や不動産以外の資産の置き場所を求める人々も増えています。
しかし、物故巨匠の作品は増えることはありません。
需要は増え、供給は固定され、さらに質の高い作品は美術館や長期コレクターのもとへ収蔵され、市場から姿を消していきます。
この構造こそが、アートが資産として意識されている理由です。

もう一つの本質 ― アートは威信財である

ピカソ《座るシニヨンの女性》リノカット 50部
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しかし、アートは経済的構造だけでは語りきれません。
それは単なる取引対象ではなく、「所有すること自体に意味がある財」、いわゆる威信財としての側面を持っています。
海外の富裕層がアートを所有する理由は、価格上昇期待だけではありません。
名作を所有することは、
・文化的教養を示すこと
・歴史の系譜に参加すること
・次世代へ文化を継承すること

であると同時に、自らの価値観や美意識を再確認する行為でもあります。

 

株式は配当や値上がり益をもたらし、不動産は運用収益を生みます。
しかしそれらは基本的に数値として評価される資産です。
一方でアート作品は、壁に飾られ、人の視線に触れます。
たとえば、パブロ・ピカソの作品が部屋に掛けられていたなら、それは所有者の美意識や価値観を静かに語ります。
この「部屋に飾って楽しめる資産」という性質こそが、他の金融資産にはない特徴です。
アートは経済的資産であると同時に、文化資産であり、自己の人生観や審美眼を体現する存在でもあるのです。

価値が先にあり、価格は後からついてくる

藤田嗣治《猫十態:ボールのそばでまどろむ仔猫》
1929年 銅版画 EA
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そして、ここで重要になってくるのが「価値と価格の順序」です。
価格が上がるから価値があるのではありません。
人々がそれを「残すに値する」と判断し、美術館に収蔵され、その意義が論じられ、美術史の中に位置づけられ、時間の淘汰をくぐり抜けた結果として、価格は後から付いてきます。
「価値が先にあり、価格は後から付く」、この順序を取り違えてはならないのです。

 

さらに重要なのは、世代間承継という視点です。
金融資産は売却や再投資によって形を変えていく一方で、アートは一枚のまま次の世代へ受け継がれます。
親が自らの審美眼で選び、リビングに掛け、家族の時間を共に過ごしてきた一枚。
子どもはその絵を見ながら育ち、親の美意識に触れます。
相続という形で受け継ぐとき、そこに表れるのは単なる評価額ではありません。
そこには
・家族が作品と過ごした時間の記憶
・来客を迎えた誇らしい空間の記憶
・親が大切にしてきた価値観の象徴

が重なっています。

ローランサン《女性と犬》油彩 8号

物語とともに受け継がれる資産

アートは数字だけで移転するものではなく、物語とともに受け継がれる資産です。
市場で継続的に取引され、歴史と時間によって選ばれ続けてきたごく一部の作品だけが、
✔ 供給が増えない
✔ 代替が効かない
✔ 理論価格が存在しない
✔ 経済的価値と威信的価値を併せ持つ

という、他の資産には見られない構造を備えています。
この多層的な特異性こそが、アートが「特異なアセット」と呼ばれる理由です。

 

アートは、市場で価値を持つと同時に、所有者の美意識を映し出す威信財でもあります。
そしてその一枚が次の世代へと受け継がれるとき、そこには価格以上の意味が生まれます。
市場、時間、文化、そして人間の心理が重なり合って成立する。
私は、アートとはそのような、極めて特別な資産のかたちだと考えています。

 

 

翠波画廊代表 髙橋芳郎

株式会社ブリュッケ(翠波画廊)代表取締役。
美術大学卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。 2001年、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。
以降長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等フランスの近代巨匠から、
ウォーホル、キース・へリング等現代アートまで幅広く扱う。

 

 

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