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ジャパネスクという日本的アートの可能性

現在、翠波画廊では、多摩美術大学名誉教授・西岡文彦先生の作品展を開催しています。
西岡先生は、民芸運動を主導した柳宗悦の思想を直接に受け継ぐ系譜に連なる作家であり、「ジャパネスク」というテーマを、ご自身の制作を通して現代に問い直しておられます。

 

 

技法の独創性が生む新たな視覚世界

「一輪」アクリル SM

西岡先生の作品は、まず技法の点で極めて独創的です。
キャンバスにアクリル絵の具で描写しつつ、伝統的な染色・版画技法である合羽(かっぱ)刷りという型紙手法を用いて紋様を重ねていく。
こうした手法は、杜若図で知られる尾形光琳など琳派の様式を現代的に解釈したものともいえますが、その結果生まれる画面は、絵画と工芸、平面と装飾の境界を静かに溶かしながら、独自の視覚世界を立ち上げています。

 

そこに描かれるのは、花や日本の風景といった親しみ深いモチーフですが、いわゆる装飾的で表層的な「和風表現」とは一線を画しています。
色彩はあくまで柔らかく、形象は背景へと溶け込むように描かれ、西洋絵画に見られるような、主題が前面に強く主張してくる構図とは対照的に、画面全体がひとつの気配として、静かにそこに在るのです。

 

鑑賞者に対して「ここを見なさい」「これが美だ」と迫ることはありません。
むしろ、見る者がふと立ち止まり、呼吸を整えたときに、そっと心に入り込んでくるような佇まいを備えています。

西岡氏が映し出す日本人の精神性

「市松」アクリル 8号
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この在り方を考えるとき、私は、日本人の精神性の中で長い時間をかけて育まれてきた「大和言葉」に通じる世界観が、西岡文彦先生の作品の中に見事に表現されていることに気づきました。
大和言葉は、物事を強く定義したり、相手に同意や反応を求めたりすることなく、感情や気配をやわらかく差し出す言葉です。
自己を前に押し出すのではなく、相手や世界との距離を慎ましく保ちながら在ろうとする、その日本人特有の精神性と美意識が、西岡先生の作品世界にも静かに息づいています。

 

明治維新以降、西洋から移入され日本語に翻訳された「愛」という言葉は、「私はあなたを愛している。だから、あなたも私を愛しているはずだ」という、どこか契約を前提とした相互性に基づく強い構造を内包しています。
一方で、日本の大和言葉における相手への想いの表現は、「私はあなたを慈しむ」という言葉に象徴されるように、自身の想いを伝えながらも、同じ想いを相手に返すことを求めません。

相手を尊ぶという日本的なまなざし

「二輪」アクリル 4号
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ただ相手の存在を尊び、距離を保ちながら、そっと想いを差し出す。
その姿勢はきわめて奥ゆかしく、そこには強要という概念は存在しません。

 

西岡文彦先生の作品は、まさにこの大和言葉に通底する、日本人の慎ましやかな精神性美意識を、視覚のレベルで体現しているように思われます。
作品は何かを主張することなく、解釈を押し付けることもしない。
それでも確かに、見る者の内側に静かな感情を芽生えさせます。

 

それは、「感じ取る自由」を鑑賞者に委ねるという、日本的美意識そのものではないでしょうか。

「日本的であること」の本質をめぐって

「流」アクリル 10号
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今回の展示を通して、あらためて「日本的であること」とは、表層的なモチーフや意匠の問題ではないと実感しました。
桜を描けば日本的なのではない。和柄を用いればジャパネスクなのでもありません。

 

作品がどのような態度で世界と向き合い、どのような距離感で他者に差し出されているのか。
その根本にこそ、日本の精神性は宿るのです。
西岡文彦先生の作品が示しているのは、まさにその点にあります。

 

アートは、声高に語らなくてもよいこと。
沈黙や余白が、静かに語りかけてくる気配に気付くこと。
そして、強く主張しないからこそ、長く人の心に寄り添い続ける美があるということ。
日本人の慎ましやかな精神性と美意識を内包した「ジャパネスク」には、私はあらためて大きな可能性を感じました。

 

それは単なる過去への回帰ではなく、価値観の衝突や紛争が絶えない現代世界において、対立ではなく「距離を保ちながら共に在る」ための、ひとつの美の在り方を示しているようにも思えるのです。

西岡作品が静かに示すアートの関わり方

「迎」アクリル 4号

声高な主張や優劣の提示ではなく、相手を尊び、解釈を委ね、沈黙や余白を許容する態度
その慎ましやかな美意識は、文化や思想の違いを超えて、人と人とが向き合うための静かな指針となり得るのではないでしょうか。
静かで、慎ましく、しかし深い精神性
西岡文彦先生の作品は、そうした未来の世界の在り方を、今日においてなお、声を立てることなく作品を通して指し示しているように思えてなりません。

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翠波画廊代表 髙橋芳郎

株式会社ブリュッケ(翠波画廊)代表取締役。
美術大学卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。 2001年、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。
以降長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等フランスの近代巨匠から、
ウォーホル、キース・へリング等現代アートまで幅広く扱う。

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