巨匠の絵画はなぜ価値が上がるのか(後編)
アートが持つ独自のアセット性
前回のコラムで私は、「アートはなぜ特異なアセットなのか」という問いについて、市場構造の側面から整理しました。
株式には企業業績という裏付けがあり、不動産には賃料という収益価値があります。
つまり、いずれも将来のキャッシュフローをもとに、ある程度の理論価格を導くことができます。
しかしアート作品には、配当も利息もありません。
キャッシュフローが存在しない以上、数式による「理論的適正価格」を算出することはできません。
だからこそ、市場の中で「それでも欲しい」と合意が成立した瞬間、価格はどこまでも更新される。
すなわち理論的な上限価格が存在しないのです。
これが、アートを特異なアセットたらしめている第一の理由です。
複製が本物を神話に変える
けれど、長年画廊の仕事に携わってきた私の実感として、巨匠作品の価格が上昇する理由は、単なる需給関係だけでは説明しきれないように思います。
そこには、もう一つの強力に作用している要因があります。
それが「複製の氾濫」です。
たとえば、レオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》。
その図像は、教科書やポスター、テレビ、インターネット、商品パッケージに至るまで、世界中に広がっています。
実物はルーヴル美術館に厳重に守られているにもかかわらず、そのイメージだけは無限に流通しているのです。
あるいはフィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》。
誰もがあの黄色い花を思い浮かべることができます。
しかし実際に本物の前に立ち、厚く盛り上がった絵具の質感や画面から伝わる振動のようなものを体験した人は、世界人口から見ればほんのわずかでしょう。
ここに重要な意味があります。
多くの人がそのイメージを知っている、しかし、本物を見たことがある人は限られている。
この「知っている」と「実物を体験したことがない」という落差こそが、本物を神話的な存在へと押し上げていくのです。
複製が加速させる、真作への渇望
しかしアートの場合、複製が増えても本物は一つしかありません。
本物の供給は増えないのです。
増えるのは、あくまで「イメージ」だけです。
そしてそのイメージが社会の中に浸透すればするほど、本物は単なる物質ではなくなっていきます。
それは文化の象徴となり、イメージがコモディティ化していく一方で、その中心にある実物は「社会の記憶の核」となっていくのです。
経済学的に言えば、これは数量の問題ではなく、欲望の総量の問題です。
多くの人がその作品を知り、語り、憧れる。
複製はそのように欲望を拡散させます。
しかし本物の数量は増えない。
欲望は広がり続ける一方で、供給は固定されたままです。
この構造は、需給関係をさらに極端なものへと押し広げていきます。
“威信財”としての巨匠作家
巨匠作品の価格が上昇する背景には、確かに合理的な要因があります。
供給が止まっていること、美術史的評価が確立していること、二次市場で継続的に取引されていること。
しかしそこにもう一つ、心理的な要素が加わります。
それが“社会全体がそのイメージを共有していること”、そして“そして本物が「文化の象徴」として神話化していること”です。
神話化された存在は、単なる物質ではなくなります。
それは、多くの人が憧れ、語り、共有する象徴となり、そこから「その象徴に触れたい」という欲望が生まれます。
ここで重要なのは、その欲望がやがて「所有したい」という欲望へと変わっていくことです。
多くの人がその存在を知っている、しかし、誰もが手に入れられるわけではない。
だからこそ、それを手にすることには特別な意味が生まれます。
経済学では、このような財を威信財(Veblen財)と呼びます。
威信財とは、価格が高いほど人々の欲望を刺激し、所有すること自体が社会的象徴となる財のことです。
巨匠の作品は、まさにこの性質を備えています。
神話化された存在であるからこそ、人はそれを所有したいと願うのです。
社会が共有する「象徴」が、価格を紡ぎだす。
そして、巨匠作品は所有することによって、自らの文化的教養や価値観を示す象徴にもなります。
この構造のもとでは、価格は単なるコストではありません。
むしろ象徴性を強める要素として働きます。
つまり威信財としての性質が加わることで、価格の上昇は需要を弱めるどころか、逆に欲望を刺激する場合さえあるのです。
神話に理論価格はありません。
あるのは「それでも欲しい」という人間の欲望だけです。
複製は本物の価値を弱めるどころか、むしろ逆の働きをします。
誰もが知る存在へと押し上げ、その中心にある実物を、限られた者しか触れることのできない象徴へと変えていくのです。
前回述べた通り、アートには理論的な天井がありません。
欲しい人が存在する限り、価格は更新され続けます。
しかし巨匠の作品が長い時間の中で価格を上げ続けてきた背景には、単なる希少性だけではない力が働いているのです。
それは、社会の記憶であり、集団的な憧れであり、本物に触れたいという人間の根源的な欲望です。
複製が氾濫する時代だからこそ、人は実物に強く惹きつけられる。
みんなが知っている、しかし誰でも所有できるわけではない。
この緊張関係が、巨匠作品を特異な存在へと押し上げ、文化的価値を経済的価値へと転化させていくのです。
複製はイメージを拡散し、本物は神話になる
巨匠の作品が高まるのは、供給が止まっているからだけではありません。
社会全体がそのイメージを共有し、その中心にある本物を神話として認識しているからです。
そして、その神話を所有したいという人間の欲望こそが、価格を押し上げる見えないエンジンなのだと、私は考えています。
アートが特異なアセットである理由は、市場原理と人間の欲望が同時に作用する構造にあります。
複製はイメージを拡散し、本物は神話になる。
そして人は、その神話を手に入れたいと願うのです。
長年この仕事をしてきた実感として、私はそう感じています。

翠波画廊代表 髙橋芳郎
株式会社ブリュッケ(翠波画廊)代表取締役。
美術大学卒業後、都内の画廊での修行を経て、1990年に独立。 2001年、故郷の秀峰の名を冠した「翠波画廊」をオープンさせる。
以降長きにわたり、ピカソ、マティス、藤田嗣治、ユトリロ、ローランサン等フランスの近代巨匠から、
ウォーホル、キース・へリング等現代アートまで幅広く扱う。
《資産性を備えた作家作品を販売中です》
20世紀巨匠作家>>
現代美術作家>>
登録は無料!
知ってて得するアートコラム、新入荷作品情報、お買い得の特別価格作品情報など、お役立ち情報をお届けしています。
【配信コンテンツ】

1. 役立つアートコラム(月3~4回配信)
読むだけで最新のアートシーンや絵画の知識が身につくコラム。アート初心者からコレクターの方まで必読です。
2. イベント情報
画廊でのワークショップやセミナーのご案内をいち早くお知らせ!
3. 展示会のご案内
翠波画廊で開催する展覧会や、全国百貨店での作家来日展情報などをお知らせいたします。
私たちにできること
1
絵画購入のご相談
些細なこともお気軽にご相談ください。
30日以内の返品保証など
安心のサービスをご用意
2
お部屋やご予算に合わせた
絵画のご提案
お客様のご要望をお伺いし、
1,500点以上の豊富な作品から
最適な一枚をご提案いたします。
パブロ・ピカソ《闘牛士》1959年 リノカット 50部
ルオー《白い服の女性》1904/1940年 水彩・油彩
キスリング《花束》1937年 油彩
ユトリロ《モンマルトルのラパン・アジル》
ビュッフェ《アルコールストーブ、灯油、ニシン》1947年 油彩
ローランサン《木のそばの少女たち、青、黄、バラ色》水彩