エコール・ド・パリとは?

「ル・ドーム・モンパルナス」
1920年代エコール・ド・パリの
画家たちが集ったことで有名 
エコール・ド・パリ(École de Paris/パリ派)とは、20世紀前半のパリで活動した、国籍も作風も異なる芸術家たちをまとめた呼び名です。名称に「エコール=学校」とありますが、実際の美術学校や、共通の理念を掲げた芸術団体ではありません。世界各地からパリに集まった画家や彫刻家が、同じ街で暮らし、交流しながら近代美術を発展させた国際的な芸術環境を指します。一言で表すなら、「パリという都市そのものを学校にした芸術家たち」と考えると分かりやすいでしょう。
キスリング《アネモネ》1932年
「エコール・ド・パリ」という名前の由来

「エコール・ド・パリ」という呼称は、美術批評家アンドレ・ワルノが1925年、新聞『コメディア』で外国出身の芸術家たちを擁護する文脈で用いたことから広まりました。当時のパリには、フランス国外から多くの芸術家が集まっていました。一方で、外国人作家をフランス美術にとっての脅威とみなす排外的な批判も存在しました。ワルノは、彼らを周辺的な存在ではなく、パリの現代美術を形づくる重要な担い手として評価しようとしたのです。
ピカソ《座るシニヨンの女性》リノカット
いつの時代を指すのか

エコール・ド・パリが指す年代や作家の範囲は、資料によって多少異なります。広い意味では、1900年頃から第二次世界大戦が始まる1940年頃まで、パリで活動し た近代美術家全般を指します。この場合は、外国出身の画家だけでなく、ピカソ、ミロ、ブランクーシ、マティス、ブラックなど、パリの前衛美術に関わった幅広い作家が含まれます。 日本の美術館や展覧会では、より狭い意味で、主に1910年代から1930年代のモンパルナスに集まった外国出身の画家たちを指すことが多く、シャガール、モディリアーニ、スーティン、パスキン、キスリング、藤田嗣治などが代表的な作家として挙げられます。
集合アトリエ兼住宅「ラ・リューシュ」(1918年) 出典:Wikipedia
なぜ芸術家はパリに集まったのか

20世紀初頭のパリは、美術学校、私塾、展覧会、画廊、画商、批評家、収集家が集まる、世界有数の芸術都市でした。新しい表現を学び、自分の作品を発表し、芸術家として成功する機会を求めて、ヨーロッパ東部や南部、ロシア、アメリカ、アジアなどから若い芸術家が渡ってきました。 芸術家たちの活動の中心は、当初のモンマルトルから、1910年代初め頃にはモンパルナスへ移っていきました。共同アトリエ、画廊、カフェなどが交流の場となり、異なる言語や文化を持つ芸術家、詩人、作家、音楽家、画商たちのネットワークがつくられました。
シャガール《夏の夢》
リトグラフ 1983年
エコール・ド・パリの特徴

共通した画風はない
エコール・ド・パリは、印象派やキュビスムのように、一定の技法や理論を共有する運動ではありません。
フォーヴィスムの鮮やかな色彩、キュビスムの幾何学的な構成、表現主義の激しい感情表現、象徴主義の幻想的な世界など、多様な様式が混在しています。肖像画、裸婦、静物、風景、パリの街並みといった伝統的な題材も、それぞれの作家が独自の方法で描きました。

作家の個性や出自が表れやすい
多くの作家は、故郷の文化や宗教、移住者としての経験、孤独、貧困、都会での生活などを作品に反映しました。
ただし、「外国人らしい画風」という共通した特徴があるわけではありません。むしろ、異なる文化的背景を持つ芸術家が、パリの新しい美術表現に触れながら、それぞれの個性を発展させた点に特徴があります。

人物表現を重視した作家が多い
エコール・ド・パリの代表的な作品には、肖像画や人物画、裸婦像が数多く見られます。長く引き伸ばされた人物、強くゆがんだ顔、夢の中のような人物、繊細で物憂げな女性像など、外見を正確に写すことよりも、人物の内面や画家自身の感情を表そうとする作品が多く制作されました。
藤田嗣治《人形のある静物》油彩 1924年 
代表的な画家

マルク・シャガール(ロシア帝国領・現在のベラルーシ)
故郷ヴィテブスクの記憶、恋人、動物などを、現実と夢が混ざり合うような幻想的な空間に描きました。

アメデオ・モディリアーニ(イタリア)
長い首、楕円形の顔、アーモンド形の目を持つ人物像で知られます。彫刻やアフリカ美術の影響も受けました。

シャイム・スーティン(ロシア帝国領・現在のベラルーシ)
激しくうねる筆触と、ゆがめられた形によって、人物や風景に強い緊張感と感情を与えました。

ジュール・パスキン(ブルガリア)
繊細な線と淡く柔らかな色彩による、物憂げな女性像や裸婦像を多く描きました。

モイーズ・キスリング(ポーランド)
明確な輪郭線と滑らかな色面を用いた人物画、裸婦、花、静物で知られます。

藤田嗣治(レオナール・フジタ)(日本)
「乳白色の肌」と呼ばれる滑らかな下地と、面相筆や墨を思わせる繊細な輪郭線によって独自の裸婦像を確立しました。

このほか、外国出身の作家としてパブロ・ピカソ、コンスタンティン・ブランクーシ、ジュアン・ミロ、ジャック・リプシッツ、オシップ・ザッキン、ソニア・ドローネーなどが関連づけられます。 また、フランス生まれのモーリス・ユトリロ、マリー・ローランサン、アンドレ・ドランらも、広い意味でエコール・ド・パリの作家として紹介されることがあります。
シャガール《サン・ジェルマン・デ・プレ》
リトグラフ 1954年
ユダヤ系芸術家とエコール・ド・パリ

エコール・ド・パリには、東ヨーロッパやロシア帝国から移住してきたユダヤ系芸術家が多く含まれていました。 当時、一部の地域ではユダヤ人の居住や教育に制限があり、芸術教育を受けることが難しい場合もありました。パリは、そうした若者たちにとって、より自由に学び、作品を発表できる場所として映りました。シャガール、スーティン、モディリアーニ、パスキン、キスリング、リプシッツなどは、それぞれ異なる背景と作風を持ちながら、モンパルナスの芸術家社会の形成に大きく貢献しました。 ただし、すべての作家がユダヤ的な主題を描いたわけではありません。エコール・ド・パリは、民族や宗教によって一つにまとめられる集団ではなく、多様な個人が交わった場として理解することが大切です。
ローランサン《犬と座る若い女性》油彩  
第二次世界大戦とエコール・ド・パリの終わり

1930年代になると、ヨーロッパでは排外主義や反ユダヤ主義が強まりました。第二次世界大戦が始まると、多くの外国人・ユダヤ系芸術家がパリを離れ、ニューヨークなどへ亡命するか、身を隠すことを余儀なくされました。逮捕や収容、作品の没収、略奪、破壊の被害を受けた作家もいます。こうして、モンパルナスを中心に形成されていた第一期エコール・ド・パリの国際的な芸術環境は、第二次世界大戦によって事実上終わりを迎えました。
パスキン《果物をもつ少女》
「第二次エコール・ド・パリ」とは

第二次世界大戦後にも、「第二次エコール・ド・パリ」または「新エコール・ド・パリ」という言葉が使われました。 こちらは主に、1940年代後半から1950年代のパリで活動した抽象画家たちを指します。セルジュ・ポリアコフ、ニコラ・ド・スタール、マリア・エレナ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァ、ハンス・アルトゥング、ジャン・バゼーヌ、アルフレッド・マネシエなどが挙げられ、叙情的抽象やアンフォルメと関係の深い作家群です。 一般に「エコール・ド・パリ」とだけ書かれている場合は、シャガールやモディリアーニらが活動した戦前の第一期を指すことが多いでしょう。
藤田嗣治《魅せられし河:お針子娘》銅版画 1951年 
美術史上の意義

エコール・ド・パリの重要性は、特定の様式を生み出したことだけではありません。 それまで美術史は「フランス美術」「イタリア美術」「ロシア美術」のように国別に説明されることが一般的でした。しかしエコール・ド・パリは、近代美術が一つの国だけでつくられたのではなく、移住、亡命、異文化交流、人と人との出会いによって発展したことを示しています。 世界各地から集まった芸術家たちは、パリで新しい表現を吸収する一方、自分たちの故郷の記憶や文化を持ち込みました。その相互作用によって、20世紀美術の多様な表現が生まれたのです。

よくある疑問

エコール・ド・パリは一つの画風ですか?

いいえ。フォーヴィスム、キュビスム、表現主義、象徴主義、具象絵画など、作風はさまざまです。共通しているのは、同じ時代のパリで活動し、互いに影響を与えたことです。

エコール・ド・パリの画家は全員外国人ですか?

狭い意味では外国出身の作家が中心ですが、広い意味ではフランス生まれのユトリロ、ローランサン、ドランなども含まれます。

ピカソもエコール・ド・パリですか?

広い意味では含まれます。スペイン出身のピカソは1904年にパリへ移り、パリの国際的な美術環境を象徴する存在となりました。ただし、一般向けの展覧会では、ピカソはキュビスムの画家として独立して扱われることも多くあります。

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