創業32年の信頼と実績
藤田嗣治
絵画買取で失敗したくない方

当画廊では、藤田嗣治作品をお探しのお客様が
沢山いらっしゃいます。 ぜひお持ちの藤田嗣治作品をお売りください。

藤田嗣治(レオナール・フジタ)作品の買取査定ポイント

藤田嗣治の作品は、近年世界的な人気が非常に高い状態は続いておりますが、価格は市場相場に応じて変動しております。少し時間が経っただけで変わってしまう可能性もございますので、藤田嗣治の絵画をご売却になられる場合は、お早めにご相談ください。

藤田嗣治 油彩作品の査定ポイント

油彩作品

藤田嗣治の油絵は高額にもかかわらず人気が高く、お探しのお客様が多くいらっしゃいます。
そのため贋作も多く翠波画廊では、東京美術倶楽部の鑑定書の付いたものだけを取り扱っています。もし、買取を希望されている藤田嗣治の作品に鑑定書が付いていない場合は、翠波画廊が鑑定書を取るためのお手伝いをいたします。鑑定書が付いていなくても鑑定書が取れた場合の現在の相場、買取価格をお伝えいたしますので気軽にご相談ください。
また、状態によっても値段は変わります。藤田の油彩は非常に薄い支持体(キャンバスなどのこと)を使用していることが多いので、長く置いておくと、振動などによってクラック(割れ)が生じやすいという性質があります。もしそのようなクラックなどが画面上に見られましたら、専門の修復が必要となるため、買取価格はマイナスとなってしまいます。

 

<特に高価買取対象図柄>

・子供(特に少女)、猫、女性

<保存状態>
画面上にヒビや割れなどがないかを拝見します。 状態が悪い場合は修復が必要となる場合もあるため、査定額が下がります。

藤田嗣治 版画作品の査定ポイント

版画作品

一点ものの水彩、素描といった肉筆画はもちろん版画も、描かれているモチーフが「少女」や「猫」などは特に人気があり、お探しのお客様も多くいらっしゃいますので、できる限り高価買取させていただきます。
版画であれば藤田嗣治の自筆サインが入っている作品は査定額が高くなります。例えば「小さな職人」や「四十雀」などでもサイン入りの単品は、サイン無しの通常版よりも高く買い取らせていただきます。
また、制作年代によっても変わります。例えば初期の傑作である「子供十態」や「猫十態」などは貴重な作品のため、高くなります。
作品の状態によっても査定額は大きく変わってきます。版画作品の場合、経年による色の退色、湿気からくるカビでシミが出てしまった場合などマイナスの査定になってしまいます。翠波画廊では画像をお送りいただいた段階で色の退色はおおよそみることができるのですが、薄いシミなどは画像だけでは分からないことがあります。画像をお送りいただいた段階で相場をお知らせさせていただき、問題が無ければそのお値段で買取させていただいておりますが、作品を見せていただいてシミなどが見つかった時には価格が下がってしまうこともございます。リトグラフ、銅版画、木版画など幅広く買取をしておりますので、まずはご相談ください。

右下にサイン、
左下にはエディションが入っています

<高価買取対象図柄一例>
・子供(特に少女)、猫、女性、藤田嗣治の自筆サインが入った作品

<技法>
リトグラフ、銅版画、木版画など

<保存状態>
折れや汚れ、経年による退色や、湿気からくるカビでシミが出てしまった場合などは価格が下がります。

藤田嗣治作品の鑑定機関

藤田嗣治は生前から人気が高く、その分贋作も多く出回っています。
翠波画廊では、油彩、水彩、素描などの肉筆画は、日本で公式の鑑定機関とされる東京美術倶楽部の鑑定書付きのものだけを取り扱いご紹介しています。

<肉筆作品の場合>

メールで作品画像をお送りください。
買取査定価格をお伝えします。
作品と東京美術倶楽部への鑑定料(実費50,000円)をお預かりします。鑑定後、即金にて買取いたします。
※鑑定期間は2週間~1ヶ月。
※もし藤田作品と認められなかった場合は、当社配送料負担にて作品をご返却いたします。

翠波画廊では、藤田嗣治作品の販売も行っております。
藤田嗣治の絵画・版画作品のご購入をお考えの方は、お気軽にご相談ください。販売作品一覧はこちら

3つの約束

約束

1

小売りで培った、
まごころの接客

絵をお買い求めいただくお客様、絵をお売りになりたいお客様共にご満足いただけるよう、お客様第一で活動しております。

約束

2

長年の実績から
相場に基づいた適正な査定

年間1000点ほどの作品を販売していく中で同数の作品の仕入れを行っております。仕入れで養った相場観をいかして適正な査定価格を出させていただきます。

約束

3

大切にされてきた
作品を
次のお客様へと橋渡し

家で大切にされてこられた美術品を大切にしてくれる次のお客様へと橋渡しさせていただきます。

3つの安心

安心

1

ご相談、
お見積もりなど、
査定は無料

今の相場を知りたい、買取価格を知ってから売却を検討したい等、お気軽にご相談ください。ご相談は無料です。

安心

2

8日以内なら
キャンセル可能
(出張買取時)

8日以内でしたら、買取キャンセル、返品の対応をさせていただきます。(店頭買取の場合は対象となりません)

安心

3

個人情報保護
セキュリティ管理

翠波画廊では、しっかりとしたセキュリティ管理のもと、お客様の大切な個人情報の徹底管理を義務付けております。ご安心ください。

藤田嗣治 絵画買取の流れ

STEP1

無料査定お申込み

査定フォーム、お電話、メールで作品の情報をお寄せください。

STEP2

査定結果のご連絡

お送り頂いた作品情報から、査定額をお出しして、ご連絡いたします。

STEP3

買取方法の選択

作品の配送、持ち込み、出張買取にて作品をお預かり。最終的な作品の確認をいたします。

STEP4

お支払い

買取成立、現金またはお振込にてお支払い。
買取の流れ 詳細

藤田嗣治買取 翠波画廊が選ばれている理由

東京・京橋に画廊を構える翠波画廊では、多くのお客様にご愛顧いただき年間1000点ほどの作品を販売しております。藤田嗣治の作品は特に人気があります為、私どもでは常時藤田嗣治作品を探し、草間彌生作品の買取に力を入れております。

藤田嗣治買取査定の問い合わせを頂きましたら、迅速にご返答させていただきます。また現品での確認後、当日その場でお支払い・買取いたします。買取査定は無料で承っておりますので、まずはお気軽にお問い合わせください。

世界に挑戦した画家 藤田嗣治

当時多くの日本人画家が日本で成功するための足掛かりとしてパリへ留学する中、
藤田嗣治(レオナール・フジタ)が目指したのは、芸術の中心地であるパリで成功を収めることでした。
激動の時代においても画家としての気概を持ち続けた藤田の生き様は、現代も人々の共感を呼んでいます。

乳白色の確立とパリでの成功

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20世紀前半エコール・ド・パリの当時は、藤田嗣治以外にも多くの日本人画家がパリにいたとされ、一時期は数百人に上ったとも言われています。
そんななか藤田は、東洋人の黒髪を際立たせるおかっぱ頭に、ちょび髭、そしてロイド眼鏡という奇抜なスタイルで自らをアイコン化することに。その自画像を展覧会に出品し自らが広告塔となることで、作品とともに画家としての自身を広く認知させることに成功したのです。

藤田が独自のスタイルを確立したのはパリに来てから10年ほど経った頃のこと。西洋画が芸術の中心であった当時において、乳白色の下地に細い面相筆で描かれた漆黒の墨の線は、芸術の都パリの人々が見たこともない独自の技法とスタイルで、瞬く間に一世を風靡しました。
西洋絵画の伝統を踏まえつつも、自分が東洋人であるという誇りをも活かし、独自の路線を生み出して成功を収めた藤田嗣治。
今でこそ海外で活躍する日本人画家は多くなりましたが、20世紀のこの時代、果敢に世界に挑戦し認められた画家は、藤田嗣治だけだったと言えるでしょう。

フジタの鑑定家 シルヴィ・ビュイッソン氏

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そんな藤田ですが、近年は海外でも再評価の波が高まり、油彩や水彩といった原画を中心に世界のオークションで高額で取引され、益々注目を集めています。
世界的に知られる人気の画家ゆえに、贋作が出回ることもございます。
日本では東京美術俱楽部が藤田嗣治の鑑定機関となっておりますので、日本で買取させて頂く場合は、東京美術俱楽部発行の鑑定書が必要となります。
海外ではフジタの世界的権威として知られるシルヴィ・ビュイッソン氏が鑑定を行っております。翠波画廊ではビュイッソン氏とも交流があり、連絡がとれる体制を整えております。

その他にも、藤田嗣治のお勧めコラムをご紹介いたします。
コラム:藤田嗣治と5人の妻 >>

コラム:藤田嗣治の絵がまたまた値上がりしています >>

藤田嗣治の作品のご売却を検討なら翠波画廊へ

資産としても所有されることの多い藤田嗣治の作品。ご家族から受け継がれてお持ちの方もおられるかと思います。
藤田嗣治の作品をお持ちで、絵画売却をご検討されているようでしたら、ぜひ翠波画廊にご相談ください。
査定は無料、お客様のご意向に沿って高価買取できるよう頑張らせていただきます。

藤田嗣治 略歴

TSUGUHARU FOUJITA

1886年 明治19年11月27日東京市牛込区新小川町に生まれる。
1905年 東京美術学校予備科に入学。東京美術学校西洋画科に入学。
1910年 東京美術学校西洋画科本科を卒業。
1913年 門司から日本郵船三島丸で渡仏。年末にモジリアニ、スーチンと知り合う。
1919年 初めてサロン・ドートンヌに出品。出品した6点が全部入選し、その年に会員に推挙され、パリ画壇における地位の確立に第一歩を踏み出した。
1920年 渡仏以来の研究の結晶である裸体を秋のサロンに出品。
1921年 サロン・ドートンヌの審査員に挙げられる。
1923年 サロン・デ・チュイルリーの会員となる。
1925年 レジオン・ドヌール五等勲章を贈られる。
1927年 銅版画1点、ルーブル美術館に収められる。
1929年 17年ぶりに帰国。東京朝日新聞社屋で個展を開催。
1930年 パリに帰る。ニューヨークに渡って個展を開き、またグリニッチ・ビレッジにアトリエを借りて3ヶ月間制作を行い、さらにシカゴに1ヶ月滞在する。
1935年 大阪の百貨店の食堂に壁画、銀座の喫茶店コロンバンに天井画を制作。(コロンバンの天井画はその後1975年に、迎賓館に寄贈された。)
1937年 秋田市の資産家・平野政吉とともに美術館の建設を構想し、壁画「秋田の行事」を制作。
1940年 第2次世界大戦の戦火迫るパリを脱出し、帰国。
1943年 戦争画「アッツ島玉砕」を発表。
1947年 ニューヨークのケネディ画廊で近作の展覧会が開催され、好評を博する。
1949年 代表作の一つとなる「カフェにて」を制作。羽田から空路渡米。フランス入国の許可も受けた。
1951年 秘蔵の労作「我が室内」「アコーデオンのある静物」等をパリの国立近代美術館に寄贈。
1955年 フランス国籍を取得。
1959年 カトリックの洗礼を受ける。洗礼名「レオナール」。
1966年 第2回近代日本洋画名作展に出品。
1968年 1月29日、81歳で死去。
遺体はノートルダム・ド・ラ・ペ礼拝堂に埋葬される。

買取強化作家

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現代アート(コンテンポラリーアート)
ストリートアート(グラフィティ)
海外人気作家
日本人画家
洋画家
買取強化作家一覧

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