創業30年の信頼と実績
アンディ・ウォーホル 絵画買取で失敗したくない方

アンディ・ウォーホルの売却をご検討でしたらまずは翠波画廊の査定額をお確かめください。

選ばれている理由

翠波画廊ではウォーホルの作品は人気がありとてもよく売れています。当画廊のお客様でウォーホルの特定の作品を探してほしいとのご依頼も多くいただいております。
そのため当画廊の絵画買取サイトではウォーホルの絵画の買取には特に力を入れております。
翠波画廊の買取サイトが、お客様の大切のされていた作品を気に入ってくださり大切にしてくださる次のお客様のもとへと橋渡しさせていただきます。

絵画買取の流れ

STEP1

無料査定お申込み

査定フォーム、お電話、メールで作品の情報をお寄せください。

STEP2

査定結果のご連絡

お送り頂いた作品情報から、査定額をお出しして、ご連絡いたします。

STEP3

買取方法の選択

作品の配送、持ち込み、出張買取にて作品をお預かり。最終的な作品の確認をいたします。

STEP4

お支払い

買取成立、現金またはお振込にてお支払い。
買取の流れ 詳細

3つの約束

約束

1

小売りで培った、
まごころの接客

絵をお買い求めいただくお客様、絵をお売りになりたいお客様共にご満足いただけるよう、お客様第一で活動しております。

約束

2

長年の実績から
相場に基づいた適正な査定

年間1500点ほどの作品を販売していく中で同数の作品の仕入れを行っております。仕入れで養った相場観をいかして適正な査定価格を出させていただきます。

約束

3

大切にされてきた
作品を
次のお客様へと橋渡し

家で大切にされてこられた美術品を大切にしてくれる次のお客様へと橋渡しさせていただきます。

3つの安心

安心

1

ご相談、
お見積もりなど、
査定は無料

今の相場を知りたい、買取価格を知ってから売却を検討したい等、お気軽にご相談ください。ご相談は無料です。

安心

2

8日以内なら
キャンセル可能
(出張買取時)

8日以内でしたら、買取キャンセル、返品の対応をさせていただきます。(店頭買取の場合は対象となりません)

安心

3

個人情報保護
セキュリティ管理

翠波画廊では、しっかりとしたセキュリティ管理のもと、お客様の大切な個人情報の徹底管理を義務付けております。ご安心ください。

アンディ・ウォーホル作品の査定ポイント

近年、世界的な人気が非常に高い状態は続いておりますが、価格は短い期間で変動しております。
少し時間が経っただけで変化してしまう可能性もございますので、お売りになる場合は、お早めにご相談ください。アンディ・ウォーホルに限らず、買取価格は図柄によって大きく変わります。その作家の代表的なモチーフや人気図柄の場合は、特に高価買取させていただいております。また、作品の状態によっても査定額は大きく変わりますので、シミや退色がなく、きれいな状態で保存されていればそれだけ高額査定となります。 状態が悪いと、修復費用が必要となるために査定額が下がってしまいます。

<特に高価買取対象図柄>
キャンベルスープ、人物、動物など

<技法>
シルクスクリーン

<保存状態>
油彩、アクリルなどの場合、画面上にヒビや割れなどがないかを拝見します。 状態が悪い場合は修復が必要となる場合もあるため、査定額が下がります。折れや汚れ、経年による退色や、湿気からくるカビでシミが出てしまった場合などは価格が下がります。

翠波画廊では、アンディ・ウォーホル作品の販売も行っております。
ウォーホルの絵画・版画作品のご購入をお考えの方は、お気軽にご相談ください。販売作品一覧はこちら

アンディ・ウォーホル 略歴

ANDY WARHOL

1928年アメリカ・ペンシルヴァニア州ピッツバーグ市に8月6日生まれる。
1945年ピッツバーグのカーネギー工科大学に入学。絵画・デザイン科で実技・美術史・芸術・社会学・写真心理学を学ぶ。
1949年カーネギー工科大学の美術部門の学士号をとり、卒業する。
1952年ヒューゴ画廊(NY)で最初の個展。
1953年ロアー・イーストサイドのオフ・ブロードウェイスタイルの劇団に参加。2年間活動する。
1962年 「ファクトリー」を友人のグループと設立する。
この頃からアンディー・ウォーホルはデザインやコマーシャルの世界から美術・映画の世界にのりだす。
マリリン・モンローの死に出会い、「マリリン」を制作。
1963年映画の制作を始める。グッゲンハイム美術館(NY)での「Six painter and the object」展に出品。
1966年映画「チェルシー・ガールズ」制作。
1967年カンヌ映画祭にアンダーグラウンド映画として、初めて出品する。ホイットニー美術館での、
「シックスティーズ」に出品。 Expo’67合衆国館「アメリカ現代美術展」に出品。
1970年「ライフ」誌が、’60年代にもっとも影響力のあった人物としてビートルズとアンディー・ウォーホルをあげる。
1971年ローリングストーンズのアルバム「スティッキー・フィンガーズ」のジャケットを制作。
1975年エリザベス・テイラー主催「ドライバーズ・シート」に出演する。
1979年「アンディー・ウォーホル・エクスポージャー」刊行。ダリ、キッシンジャー、ジャック・ニコルソン、ダスティン・ホフマン、ジョン・レノン、モハメド・アリ、エリザベス・テイラーなどの有名人が“露出(エクスポージャー)”される。
1980年マンハッタン・ケーブルTVで・ウォーホルをホストにしたバラエティーショー放映。
1983年日本での展覧会のために「KIKU」シリーズ、「LOVE」シリーズを制作。
6月、渋谷パルコにて個展。「アンディー・ウォーホル・センセーション’83」
1987年心臓発作のため急逝。享年58歳

後世まで引用され続けるウォーホル作品

美術の定義を変えたウォーホル
ウォーホルの代表作の一つに「キャンベルのスープ缶」があります。
キャンベル社のスープの缶詰は、アメリカでは当たり前にスーパーマーケットに並んでいます。
その食料品をそのままあえて描いたものです。
美術とは、それまでは特別な美を描くものと思われてきました。
しかし、ウォーホルはそれに反対するかのように大衆的な日用品を描き、一躍ポップアーティストとして時代の寵児となりました。

ウォーホルは「キャンベルのスープ缶」が受けたのを知り、その後もスープ缶シリーズの制作を続けます。
味の表記が違うだけのスープ缶を制作するだけでなく、包装紙が破れたキャンベルのスープ缶シリーズも発表します。
当時は、紙の耐久性が低いことから、包装紙が破れてはがれそうになっているのも、ありふれた光景だったのです。
このようにして、ウォーホルは日常生活における美にどこまでもこだわりました。

「キャンベル・スープ トマト」
(サンデー・B・モーニング版)

ウォーホルのスープ缶とストリートアート

ウォーホル亡き後、包装紙が破れたキャンベルのスープ缶を自分の作品に引用したのが、アメリカのストリートアーティスト、シェパード・フェアリーです。
フェアリーはObeyのニックネームで知られており、ウォーホルの作品そっくりの缶を「オベイのスープ缶」と題して発表しました。
また、政治的な立ち位置を鮮明にしているフェアリーらしく、味の表記は「すべての都市のプロパガンダ」と政治的な文言に置き換えられました。
この動きに続くように、ストリートアート界ではシェパード・フェアリーにとどまらず、多くのアーティストが「キャンベルのスープ缶」を引用します。

話題に欠くことがなく、世界で大注目されている謎の覆面アーティスト、バンクシーもその一人です。
バンクシーはスープ缶の形状だけを引用し、包装のデザインを大きく変えました。その理由は、キャンベルのスープ缶がイギリスでは大衆的な日用品ではないことにありました。
イギリスではスープ缶といえば、スーパーマーケットTESCOのプライベートブランドである、valueのスープ缶が一般的なのです。
バンクシーもまた、自身の日常生活における美にこだわったのでした。

様々な形で引用され続けるウォーホル作品。今後もストリートアート界だけでなく、美術の世界に影響を与え続けるのでしょう。

当社も皆様の思いが詰まった作品を大切にお取り扱いさせていただきます。
奈良美智の作品のご売却をご検討の際は、どうぞ翠波画廊にご相談くださいませ。

買取強化作家

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