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ジョルジュ・ルオー特集

 

宗教画を多く手掛け、世間に流されず独自の絵画表現を貫いたフランスの巨匠、ジョルジュ・ルオー。

ルオーはその生涯に渡り、キリストや、信仰を捧げる人々、そして社会の底辺にいるサーカス団の人々や貧しい労働者を描き続けました。

ルオーの作品はどうやって生まれたのでしょうか?

 

 

ルオーが画家になるまで


 

「大太鼓の前の曲馬団の娘」

 

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1871年パリに生まれたルオー。

家具職人だった父から勧められ、14歳のころにはステンドグラス職人のもとでガラスの修復の仕事に携わります。仕事の傍ら夜は装飾美術学校で絵を勉強し、次第に画家を志すようになったルオーは、エコール・デ・ボザールに入学します。

そこで出会ったのが、生涯の師として仰ぐこととなるギュスターヴ・モローです。

モローは、ルオーや同じく彼の生徒だったマチスやマルケら、一人一人の個性を尊重し、彼らの絵画の独自性を引き出す指導を行い、20世紀の巨匠たちを生み出しました。

中でもモローが目をかけていたのが、ルオーでした。当時のルオーはキリスト教を主な主題として、基本的にはアカデミズムに忠実な画風で描き、学内ではレンブラントの再来などと言われ、才能を伸ばします。精神的な父として敬愛したモローの死後には、モロー美術館の初代館長になるなど、モローへの尊敬は生涯に渡り続きました。

 

 

 

1871年 ジョルジュ・ルオー、パリに生まれる。

1885年 ステンドグラスの工場で働きながら夜は装飾美術学校で素描を学ぶ。

1890年 画家になる決心をしてエコール・デ・ボザールに入学する。

1892年 ギュスターヴ・モローが教師となり、キリスト教的主題の作品をレンブラント風に描く。この頃、マチスも聴講生として加わる。

 

 

画風の変化とフォービズム


 

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「受難:キリストと貧者たち」

 

学生時代は基本的にアカデミックな主題と技法で作品制作をしていたルオーですが、次第に絵の主題は娼婦や道化師などの社会の底辺層で生きる人々を描くようになります。

またこの頃修道院に入り、そこで内面的・宗教的な感情を養ったとも言われています。

 

30代になったルオーは、マチスらと立ち上げたサロンドートンヌで作品を発表するようになります。そのためフォービズム(野獣派)の一人に数えられることの多いルオー。
しかし実際のところ、ルオーは当時次々と生まれていった芸術の流派と一線を画し、独自の観点で絵を描いていました。激しい色彩や太い輪郭線、何度も塗り重ねられた重厚なマチエールが特徴的ではありますが、その表現自体が目的ではなかったのです。
彼が生涯をかけて追い求めた真の目的は、苦難に満ちた人生を送る人間の精神や信仰を絵で表現することにありました。

その為に、キリストや信仰を捧げる人々、そして道化師や娼婦など社会の底辺にいる人々などを描き続けたのです。

 

 

 

 

 

1903年 ギュスターヴ・モロー美術館開館。初代館長になる。この頃から道化師や娼婦などをモチーフに描く。

     サロン・ドートンヌ創設に参加し、1912年まで毎年出品。

1905年 第三回サロン・ドートンヌに出品。マチスらとともに「野獣派」と呼ばれる。

1913年 画商ヴォラールがアトリエ内の全作品の買い取りを申し出る。

1917年 画商ヴォラールと契約し、版画制作に専念。ルオー自身の発案による版画集「ミゼレーレ」、「悪の華」などを計画。

1919年 2年前に国家買い上げとなった油彩が、コルマール美術館に展示される。これが美術館に展示されたルオーの最初の作品となる。

1927年 モノクロ・アクアチント(銅版画)58枚組「銅版画集ミセレーレ」が完成する(刊行は1948年)。

 

 

版画に情熱をかけたルオー


版画制作に力を入れていたルオーは、代表作「ミセレーレ」を始め、「受難」「悪の華」「流れる星のサーカス」など、生涯で10冊以上の版画集や、挿画本を制作しています。
一度完成した作品にも加筆をするなど、自身で納得のいくまで作品と向き合ったルオー。

自分の生前に完成し得ないと分かった作品は、遠慮なく破棄したという逸話も残っています。

その完璧主義的な情熱は、版画制作にも注がれ、油彩に負けずとも劣らない、完成度の高い作品を残しています。

 

 

 

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「ミセレーレ:高慢と無信仰のこの暗き時代に

地の果てより聖母は見守る」

 

 

 

「ミセレーレ」

 

1912年、41歳のルオーは、父の死をきっかけとして、代表作となる版画集「ミセレーレ」の構想を思いつきます。その後勃発した第一次世界大戦で思い知らされた、戦争の愚かさや悲劇がさらにテーマに加えられ、ルオー渾身の作品となりました。

 

ミセレーレでは黒の重々しいマチエールで、貧しい生活の苦悩や悲劇に直面した人間の姿と、そこにある信仰心を描いています。リトグラフに比べてインクが紙面にもり上がり独特の質感をもつ銅版画によって制作したことにより、版画と言えども重厚感があり、一層見る者たちの心を揺さぶる作品です。

 

1925年に完成したミセレーレですが、画商ヴォラールの死や第二次世界大戦の影響もあり、実際に出版されたのはルオー76歳のとき。まさに生涯をかけたルオーの集大成の作品といえるでしょう。

ミセレーレ作品一覧ページ >>

 

 

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「流れる星のサーカス:黒いピエロ」

 

「流れる星のサーカス」

 

道化師はルオーが生涯に渡り好んで描いたテーマの一つで、ルオーの作品の3分の1はサーカスをテーマにしたものだと言われています。

1938年に刊行された「流れる星のサーカス」は、色彩銅版画17点からなる版画集。

美術館でのルオー展などにも展示されるような名作です。

見る人たちを楽しませるピエロや曲馬師たちが、色鮮やかな色彩と力強い輪郭線で描かれます。

しかし、夢を見せてくれるはずのサーカス団自身は、貧しい暮らしや移動生活の孤独や苦労など、心の内に悲しみを抱えていました。

 

「道化師は私自身だ、私たちだ」という言葉を残したルオー。

ルオーは、自らは苦悩しながらも人々に希望をもたらす道化師たちを描くことで、

人生の苦しさと、過酷な境遇の中でも生きていく人間のひたむきな姿を表現しているようにも感じられます。

 

流れる星のサーカス作品一覧ページ >>

 

 

1930年 カラー・アクアチント(銅版画)17枚組「流れ星のサーカス」を制作する(刊行は1938年)。カラー・アクアチント(銅版画)17枚組「受難」を制作する(1939年刊行)。

1938年 ニューヨーク近代美術館で版画の展覧会が開催される。

1945年 ニューヨーク近代美術館でルオー回顧展が開催される。

1951年 黄色味を帯びたキリスト教的風景が表れ、平和で神秘的な情景が多数描かれる。

1958年 ジョルジュ・ルオー、パリにて死去。サン=ジェルマン=デ=プレ教会で国葬。

 

 

ルオーが描く、祈りや深い人間愛を感じる作品たち。その高い精神性は、たとえ宗教が違えども、心を打つものがあります。
画廊ではこれら版画はもちろん、油彩作品などもご覧頂けます。是非ルオーの世界観を現品で体感して下さい。

 

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