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パリ通信

Vol. 4 キノコの話、幻のレストラン(1)

L’Histoire des champignons, le restaurant mythique

 今年のパリは暖冬になるのだろうか、十月になってもまだ夏日のように汗ばむ日などあり、太陽をこよなく愛すパリの人々はまた夏が戻って来たとばかりに喜んでいた。そうこうしている内にあっという間に十月最後の日曜日になり、この日を境に日照時間が短くなる(予定の)「冬時間」に変わりますという決まりごとのため、皆慌ただしく時計の針を一時間前に戻した。暦の上では秋は何処、すでに冬の始まりを告げられたのだった。それにも拘らず、通常この頃にはすっかり黄色く衣変えしているはずのマロニエの樹は、今年に限ってはまだ緑色をした葉っぱ(夏の盛りよりはややくすんではいるが)を枝にぶらさげている。あれ?はらはら舞う黄金色のマロニエの葉をどこか感傷的な気分で静かに踏んで歩くのが「パリの秋」ではなかったっけ?と首を傾げても、そんな光景はまだ見ていないし、自分で枯れ葉を踏んで歩いた記憶もはない。周囲を見渡せば、中にはまだTシャツにサングラス姿の“夏のバカンス続行中”の元気な人々が歩いている、と思いきや、次の日にはこちらはぶるぶるっと来てクローゼットからダウンジャケットを取り出す始末。気候不順、地球温暖化、XX年ぶりの異常気象。そんな言葉が八時のニュースで飛び交い、体調を崩して咳き込む人が周りに増える。お決まりの風邪引きの季節。今年は秋をジャンプして一気に冬へ行くことになったのだろうか。それとも冬の後に秋が来るのかな?

  またきのこ4そんな折り、三週間の日本滞在から戻って来たばかりの友人シェフDは開口一番「パリはすっかり秋だね!」と嬉しそうに鼻をひくひくさせて言った。秋、ですって?不意をつかれてすぐには同調できない私に彼は続けて言った 「マルシェ(市場)はどこもセップ茸が山盛りだよ」。なるほど、やはり彼は料理人だ。食材を見て季節を知る。しかし、言われてみればその通りだった。パリのカルティエを賑わすマルシェ。たいてい週の中二日、早朝からお昼まで、ちょっとした広場や通りの中州にテントが張られそこに屋台が並ぶ。もちろんパリだけでない。地方に行けばさらに郷土色の濃いマルシェに出逢える。マルシェはそこに暮らす人々の胃袋そのものだし、なによりその時々の移り行く季節の鼓動をリアルに感じることが出来る。つやつやした苺やフランボワーズのバケットの横に、真っ白のよく太った白アスパラガスが見えると春が来たことを確認し、初夏になれば「三つでたったXXユーロ」などと鷹揚にはり紙を出したツル付きメロン、かご一杯のアプリコット、トマトやクルジェットの南仏を思わす彩り鮮やかな夏野菜が増える。そして夏のバカンスから人々が戻り、風が少々冷たくなったねと秋の訪れを感じる頃にマルシェに登場するのは、やはりシックなブラウントーンをしたキノコ類だろう。
  しかし、実際はすべてのキノコが秋にいっせいに顔を出す訳でなく、春夏秋冬それぞれに旬のキノコがある。三月〜五月が旬の蜂の巣のような傘を持つフランス料理の高級食材モリ−ユ茸、六月〜八月はクセがなく食べやすい黄金色のジロール茸、そして九月〜十月は香り高い秋のキノコの代表格のセップ(茸)の季節だ。他にも通年出ているシャンピニョン・ド・パリと言われる真っ白なマッシュルーム、黒いラッパのような形をしたクロラッパ、日本のエリンギにあたるプルロットなど、沢山の「キノコの仲間」がマルシェに並ぶ。例えプロの料理人でなくても、食べることが好きな人なら、マルシェは五感を刺激し無限にイマジネーションが広がる場所だ。なので、特に何を買う訳でもないが早起きしてマルシェをそぞろ歩くことがある。朝のひんやりした空気の中、自分の五感があっちからこっちから呼び起こされていく感じ。そして歩きながらフランスという国を感じ、そこで暮らす人の体温を感じるのだ。ところで、とれたての色々なキノコが山盛り積まれる秋のパリのマルシェだが、ある時ふと見渡して「そう言えば、あのキノコは(まだ)見たことがないな?」と思った。そう、見た目は他のキノコとは随分違うが、あれも確かキノコだと聞いた。しかも他のキノコとは一線を引くちょっとした宝石並みの(!)高額なキノコらしい。

 ここでフランスの女性作家コレットの《牢獄と天国》からの抜粋を少し紹介したい。エスプリのある作家独特の鋭い観察眼で”あのキノコ”のことを描いている。
「それは最も気まぐれで、最も崇められる黒いプリンセス。我々は、しばしば取るに足らない使い道のために、それに金(ゴールド)の目方を支払う。フォワグラの狭間に捕らえられ、脂肪のたっぷりついたアヒル肉の中に埋葬され、或は切り刻まれ、ブラウンソースの中にアップアップと埋没し、マヨネーズでごまかされた野菜の中に一緒くたにされる(…)繊毛の薄切り、細切れ、削りくず、ああ、哀れトリュフの涙たち!」
 (そうです、“あのキノコ”とはトリュフのことでした)ここで“黒いプリンセス”と言っているのは、フランス、ペリゴール産の黒トリュフのことだろう(トリュフが「森の黒い真珠」と世間で呼ばれる所以である)。これを読んだ時、あまりにもその通りなので笑ってしまったが、これはごく普通に暮らすフランス一般庶民のトリュフに対する極めて率直な印象ではないだろうか?(ペリゴールやプロヴァンスのトリュフ産地地元民は除きます)実際、パリのフォーションやエディアールなどの高級総菜店でお目にかかるトリュフはこの通りの姿なのだ。”トリュフ入り”だの”トリュフ風味”だの、トリュフの名前が付くだけで高級感や有り難みを一方的に提示されている(ように感じる)。しかし、例え切れっ端だろうとそれにトリュフの存在価値を見いだせる程に、真実のトリュフというものを本当に知っている人がどれだけいるのだろう?と思う。トリュフそのものの素晴らしさを(まだ)知らないのに、コレットの言う細切れ、埋没状態、削りくず並みの極小量のトリュフ(らしきもの)から、どうやって世界三大珍味の一つと言われる「希有な香りと味」など理解することができるのか。しかしコレットはただ嘆いているのではない。ましてやトリュフなどどれ程のものでもない,と言っているのでもない。この後、いかにしてトリュフの真実へ迫るかが情熱を持って描かれている。
 「いったい我々は、トリュフそのものを愛する術を知らないのだろうか? もし、あなたがトリュフを好きで、立派にその代価を支払うというならば(でなければそれから遠ざかるのみである!)ざらざらとして芳しい香りのそれを、そのものを食べてご覧なさい。そのままひとつの野菜のように、いささか贅沢な分量で、至高の風味を味わってご覧なさい(…)」(この後トリュフが辛口白ワイン又はシャンパンと如何に相性が良いかが描かれている)
  これを読んで、正直いささかの落胆を感じたのは否めない。トリュフをひとつの野菜みたいに食べるって?それも贅沢な分量で?実際、トリュフ業界というのは排他的な上、闇取り引きで売買されるため、なかなか素人の手に直接届くことなどないという。且ついまだ人工栽培の試みが成功したことがなく自然条件に左右されやすいので、その希少価値は高まる一方。新鮮な丸ごとの立派なトリュフがコレットの言う“贅沢な分量”で(仮に)手に入ったとして、どの位の価格かなど想像すらつかない。野菜と言ったって、セロリや人参を買うのとは訳が違う。やはり、トリュフは滅多にお目にかからない「幻のキノコ」と言うことにしておいた方が良さそうだ。幻ならいつか幻が現れるかもしれないから。(続く)

(文/写真 河村真奈)

* Colette, 《Prisons et Paradis “Le goût de la truffe, tout simplement”》 (コレット〈牢獄と天国ーシンプルに、トリュフの味〉)から抜粋。
シドニー・ガブリエル・コレット(1873—1954):フランスの女性作家、代表著書に「シェリー」「青い麦」「牝猫」など。

河村 真奈

河村 真奈

[ Mana Kawamura ]
多摩美術大学油画・版画専攻卒業後、1992年に渡仏。レンブラント、ゴッホ、印象派の研究で知られる美術史家パスカル・ボナフ氏に師事し、パリ第八大学で博士号前課程DEAを取得。その間ヨーロッパでの生活経験をもとに、旅、美術、食文化などをテーマにした紀行文やフォトエッセイを発表する。2005年日本旅行作家協会主催エッセイ大賞受賞。パリでは日仏児童を対象にした《日本語よみきかせのアトリエ》や美術とフランス語に親しむ文化講座を主催している。2013年よりブリュッケ(翠波画廊)パリスタッフとしても活躍、フランスからアート情報を届けている。

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